『アタシ』への道   by(宰相 連改め)みなひ




ACT3

「改めて命ずる。水木、『御影』斎の『水鏡』となりて、共にあれ」
「はーい。わかったよーん」
「こら。ちゃんと返事せい」
 飛沫がじろりと睨む。やだやだ。ジジィの熱い視線なんて、いらないよ。
「仕方ないねぇ。はい、承知」
 取り敢えず形通りに拝礼する。御影長がやれやれという顔をした。隣の斎に顔を向ける。
「『御影』斎、『水鏡』水木と協調をなし、共に進め」
「はい。承知致しました」
 斎が神妙に拝礼する。律義な表情。笑いそうになった。ぐっと抑える。
「では、二人を正式に対と認める。初任務は後日沙汰があるじゃろう。それまで、二人の息を合わせておくように」
「わかった。思いっきり、親交を深めちゃうから〜」
 斎の肩を引き寄せながら、機嫌よくオレは返事した。 
「親交、のう。任務前にケガはせぬようにな」
 念を押すように飛沫が言った。ケガだって?どうやってするのよ。半ば呆れながら、長に言葉を返した。
「失礼ねー。オレは優しいのよ。苛めたりしないって。もう、相思相愛なんだから。ね?斎」
 腕の中の相棒に確認する。黒目がちな瞳が大きく見開かれ、真っ赤な顔になった斎がこくりと頷いた。
「ともかく、『水鏡』は『御影』の補佐的役割をする。でも、お前達はお前達なりにやればよい。水木は自らの経験を生かして、斎をコントロールするように。斎は水木の言うことを、よく聞くのだぞ」
「はい。頑張ります」
 御影長の言葉に、斎は真剣な顔で返した。いいねぇ。ああいう固い顔見ると、それを崩したくなって困るよ。それにしても、飛沫も変な事言うねぇ。斎みたいな大人しい奴、反抗するように見えないけど。なーんか、誰かと間違ってんのかね。モーロクしたかな。
 本人達が聞いたらがなられそうなことを考えながら、オレは御影長と相棒の顔を交互に見つめた。斎は唇を結んでいる。飛沫は複雑な顔をしながら、一言下がれと命じた。定型通りの拝礼をして、オレ達は部屋を後にした。



「さあて。正式に任命されちゃったし、真面目にお仕事しないとね」
 足取りも軽く食堂へと向かう。昼食がまだだった。
「まずはオマエの力を見る。明日から訓練ね」
 隣を見やると、まだ口元を引き結んでいる。緊張しているらしい。
「斎、返事は?」
「はい。よろしくお願いします」
「どーしたの?やけに固まってるのね。何か心配なことでもあんの?」
 ぐいと顔を近づけてみる。漆黒の中に、不思議そうな顔のオレ。
 ふと思う。こういう真っ黒な目って、犬がよくするよな。黒いけど、僅かに潤んでる。こういうの、黒曜石っていうのかね。
「怒らないからさ、言ってみな?」
 黙ったままの斎に促す。本当、無口だねぇ。しばらく我慢して待っていると、ぼそりと言葉が落とされた。
「実はおれ・・・・・・『御影』として任務についたの、二、三回しかなくて・・・・」
「なあんだ。そんなこと気にしてたのー」
 かわいいと言えばかわいいけど、かなり小心者だねぇ。そういえばこいつ、ずっと西亢の砦だっけ。どんな事情か知らないけど、上も酷なことする。
「おれ、水木さんに迷惑かけたらどうしようかと・・・・」
 悲壮な顔で、斎が言う。けなげだねぇ。ずっと特殊な環境にいただけ、このコ、スレてないのね。
「だいじょーぶ!」
 ぐい。頭を引き寄せて言った。ついでに唇も掠め取る。斎の身体がびくりと揺れた。
「その為にオレがいんのよ。もともとオレ、『御影』だし。キャリアばっちりよ」
「知ってます。あの時の水木さん、かっこよかった」
 唇を離したオレに、斎は言った。耳まで赤い。ひょっとしてこいつ、そっちの経験なかったりして。
 このルックスだし、身体だし。今まで誰かが手をつけてそうなのにね。そう思いながら、オレ達は食堂に入った。食堂は任務前の奴らで賑わっていた。
 御影の仕事は朝からのものもある。しかし、殆どは夜間の仕事が多い。潜入、暗殺などの内容が多いからだ。
「水木、いいの連れてるじゃねぇか」
「それ、旨かったか?」
 わらわらと数人が寄ってきた。きっと、閃の賭けに乗ってる奴らだろう。
「ふふん。さあねえ」
 いい加減にあしらう。駄目だよん。情報引き出そうとしても、無駄なんだから。
「しっかしこれ、いいよな。目がでかくてさ。おまえ、いくつだ?」
 斎の頭を突きながら、仲間の一人が訊いた。奴は榊剛(さかき ごう)といい、ちょっと危ない性癖の持ち主だった。
「・・・・・二十一です」
 ぽつり。呟くように斎が答えた。既に顔は引き攣っている。
 剛は若いのが好きだ。おまけに童顔好き。更に、相手の自由を奪ってやるのが、すこぶる好みらしい。
「いいねぇ。こういうのふん縛ったらよ、このでかい目が更に大きくなっちまうんだろうな。水木、ちょっと貸してくれよ」
「ばーか。そんなもったいないことしないよん。お前に貸したら、無傷で戻ってこないじゃん。やだよ」
「なあ、一回でいいからよ。今回は縛らないから。縄映えするとは思うけどよ。我慢するから。な?」
 剛が斎の肩を抱いた。斎が身体を硬直させる。蒼い顔。ふふ。恐がってるねぇ。
「だめったら、だーめー!」
 固まる斎を取り戻して、男を睨み付けた。
「これは、オレのなの!それとも剛、オレとやんの?」
「やらねぇ。縛る方ならいいけどよ」
「殺すよ。オレは痛いのやなの。行け」
 顎をしゃくると、男はしぶしぶ離れていった。時々、斎を振り返る。いい年こいて、未練だねぇ。
 再び相棒を見やると、まだ固まっていた。一点を見つめ、握りこぶしが震えている。あらま、かなり刺激がきつかったか。
「斎、あっち行くよ」
 開いてる席を指差して言った。食堂の隅へと向かう。斎は驚いたようにこっちを向き、黙ってオレについて来た。
「いくら特殊環境にいたって言っても、その度身構えてたら身体が持たないよ?」
 取ってきた食事を斎の前に置き、言った。語を継ぐ。
「もちろんオレが目を光らせてるけど、オマエも早くここに慣れなきゃね」
「・・・・・はい」
 また暗い返事。ちょっとうんざりした。まったくもう、この水木さんが守ってやるって言ってるんだよ? 
「さ、食べよ。まずは腹ごしらえ。ほら」
 食器を押しやって言った。斎が箸を手に取る。汁椀を手に取った。
「まだ温かい」
「そうねー。味はイマイチだけど、作り立てなのは嬉しいよね。温かいもの食べると、生きてるって気がしない?」
「そうですね・・・・本当だ」
 湯気の上がるそれを、斎がゆっくりと飲んだ。強ばった頬が、徐々に緩んでいく。
「久しぶりです。おれ、拘束されてることが多かったから、冷えたものが多くて・・・・」
「へ?」
 椀の中を見つめる斎に、オレは聞き返した。その顔で拘束、だって?  
「・・・・・何やったの?」
 訝しげに見るオレに、斎は困ったような顔をした。言いたくないらしい。
「ま、人生いろいろあるか。いいじゃん。大切なのは、こ・れ・か・ら」
 敢えてそれ以上訊かなかった。きっと、こいつには思いだしたくもない過去があるのだろう。そんなの、わざわざ掘り返さなくていい。
 砦暮らしに、初心な反応。それに拘束、とはね。
 本当にこいつ、そっちの経験してる暇なかったかも。だとしたら、初物?
 時期としてはちょっと遅いけど、初物に変わりはなし。その分、一から教え込むのもいいかもね。
 思いっきり不埒なコトを考えていた時、斎が言った。
「ありがとうございます。水木さんて、やっぱりいい人ですね」
 僅かに口元を上げて、ちょっと笑んだ表情。予想通り気に入った。そうよ。それだけかわいい顔してんだから、オマエはもっと笑わなきゃね。
 自分で言ったことに照れたのか、斎は赤面しながら食べ始めた。オレはそれを横目で見ながら、不毛な思惑を巡らせていた。
 
 翌日から、オレ達は訓練を始めた。
 斎は協調性が高く、オレは『水鏡』として、苦労なく斎を補助することが出来た。
 そして一週間後、オレ達に初任務が命じられた。