『アタシ』への道 by(宰相 連改め)みなひ
ACT2
五年前。
オレはちょっとした人助けで、「水鏡」をしたことがある。
学び舎を卒業したばかりの、新入りの御影を補佐したのだ。
「すみません。水木さんに助けて頂いたなんて。おれ、光栄です」
漆黒の大きな目に強い黒髪。まだまだ未発達だったけど、しなやかな手足を持っていた。はっきり言って、すこぶる好みの少年だった。
その時、少年は専属の水鏡に逃げられていた。裏切られ、敵地に置き去りにされたのだ。別件で同地に潜伏していたオレは、御影長の依頼で彼を見つけ出した。そして、味方の地へ帰る為、協力して防衛ラインを突破したのだ。
少年は「御影」だった。ずばぬけた才能を持っているようには見えなかったけど、従順そうな、それこそ美味しそうなコだった。当然、敵地を突破したオレは、そのコに礼をもらう気でいた。しっぽり、おいしく頂こうと思っていたのだ。だのに。
御影宿舎に帰る寸前、オレは別件の任務に呼ばれてしまった。しかたなく予約にチューだけもらい、涙を飲んでわかれたのだ。
結局、次の任務でオレは負傷し、槐の国のさる術者に半月程世話になってしまった。やっと任務を遂行して戻った時、少年は御影宿舎にいなかった。誰も彼の行方を知らなかったから、てっきり殉職したと思っていた。が、しかし。
あのコは、斎は生きていたのだ。それも五年ほど育ったらしい。だったら、さぞかし食べごろになっているだろう。昔の恩を引き出して、楽しく食ってしまおう。
悠長なことを思いながら、オレはその部屋の扉を開けた。ゆらり。奥の黒い影が揺らぐ。
「あの・・・・・はじめまして」
ぼそり。うっかりすると聞き漏らしそうな声。
「おれ、斎と言います」
少年はしっかりと育っていた。細めだけどよく鍛えられた身体。黒目がちな大きめの瞳。強い黒髪。外見はほぼ、パーフェクトと言えた。
「実はおれ、新入りだった頃、水木さんに助けて頂いたんです。・・・・・・忘れてらっしゃるかもしれませんが・・・・」
ぼそぼそ。ぼそぼそ。殆ど可音域ぎりぎりの声は続く。困ったねぇ。顔はかわいいのに、縦線しょって喋ってる。なんだか、性格はくらーく育ったみたいね。
「水木さん?」
黙り込むオレに、斎は不安そうに見つめた。ふと気付く。ほんの少し高い目線に。あれこいつ、オレより身長高いんじゃないの?
「冗談。忘れるわけないじゃないー!」
にっこり笑ってやった。斎がホッとした顔をする。自然と弛む口元。わかってるの?今からオマエを食うんだよ。
「あの時のコがこうなったとはねぇ。まあ、大きくなっちゃって」
ま、いいか。身長の高い低いくらい、食っちまえばこっちのもんだよ。それに、オレには貸しがあるしねぇ。
「覚えててくれたんですか」
斎が目を見開いた。紅潮した頬。かわいいねぇ。暗そうな雰囲気は頂けないけど。
「おれ・・・・嬉しいです」
顔を歪めて斎が言う。あらあら、目の端に涙だよ。そんなに嬉しかったのかねぇ。一回会ったきりなのにさ。これって、ちょっと罪?
オレとしちゃあ、うれし涙より生理的なやつの方が好みなんだけどな。不埒なことを考えながら手をのばした。びくり。斎が身を震わせる。
「覚えてる?」
頬に手を触れながら、囁いた。そのまま引き寄せる。
「五年前の続き。『後で』って、言ったよね」
こくり。斎が頷いた。いい子だねぇとこっちも頷く。
取り敢えず、味見からね。
そう思って口づけた。熱い身体。体温が流れてくる。皮膚を通して、波打つ鼓動が微かに響いた。
「口、開いて」
一端唇を離し、そっと告げた。斎は真っ赤な顔で、ギュッと目を瞑ったままだ。おかしくなる。二十一って聞いたけど、こりゃ、かなり初心だねぇ。
結構、楽しめそうかも。
そんなことを考えながら、口が開くのを待った。おずおずと微かに、形のいい唇が開いてくる。
さあて。中身の味はどうかねぇ。
項に手をやり、再度引き寄せた。ぺろりと相手の唇を濡らして、舌を差し込む。反射的に腕を掴まれた。斎が掴んだ指先が、細かく震えている。
いいねぇ、味も悪くない。
内部を堪能しながら、さらに深く手をのばした。奥に隠れている舌を見つける。引きだして、思いっきり絡めてやる。腕を掴む力が強くなった。
くすくす、余裕がなくなったかい?でも、力、強いねぇ。腕が痛いよ。
掴まれた所がじんじんするのを感じながら、更に舌を吸い上げてやる。ずきん。腕に激痛が走った。
「痛いっ」
思わず叫んだ。ぱちくり。目の前で斎が目を見張る。既に固まっていた。
「腕!痛いって言ってるでしょ!」
「あっ・・・・すみません!」
慌てて腕が解放された。おい、痺れてるぞ。
「もうー、馬鹿力なんだからー」
「あっ、あの、おれ・・・・申し訳ありません」
しどろもどろ、ぺこぺこと米つきバッタのように謝っている。なんだか、妙に萎えた。
「いいよー。味見、終わり」
心持ち気まずく思いながら、愛想笑いで返した。その瞬間、斎が思い詰めた顔をする。
「おれ、いつも加減が利かなくて・・・・・何てお詫びしたらいいか・・・・」
どんどん暗くなってゆく。オマエ、そりゃ思い詰め過ぎだよ。一人で暗くならないで。
言葉がない。
そう思い始めた時、どんどんと部屋の扉が叩かれた。
「何〜?誰よ」
「水木ー!お楽しみの所悪いけど、飛沫が呼んでるぞー」
聞き慣れた声。それは、同僚の桧垣閃(ひがき せん)のものだった。
てくてくと長い廊下を歩く。つんつんと肘で突かれた。何よと隣を見る。同僚が鳶色の目を向けていた。
『なあなあ、もうやったのか?』
遠話。後ろの斎に聞かれたくないらしい。
『やるって何よ』
『誤魔化すなよ。あれに決まってるだろ』
ちらりと後ろに視線をやる。斎は五メートル程離れて、オレ達について来ていた。
『閃、お前も狙ってたの?』
『ちがーう。知ってるだろ?俺はおねぇサン好きなの。賭けだよ、賭け。どっちがどっちをいつヤッちゃうかってさ。ただいま募集中』
『相変わらずだねぇ。で、どうなのよ』
横目で見ながら言った。鳶色の目がきらりと光る。
『と、いうことはまだだな?1対9で水木だ。一週間てのが多いな』
『ふうん。一週間ね』
今までのオレの傾向なら、それは妥当な線だった。しかし、本命通りは面白くない。こういうことは、大穴を狙わなきゃね。
『二週間持たせる。配当はオレにもバックね。二割でいい』
『カーッ、持ってくねぇ。まあ、いいか。頼む』
同僚はつんとオレの肘を突き、「じゃあな」と言った。曲がり角を右に折れてゆく。奴の自室の方向へと消えた。その姿を見送りながら、オレはにやりと口元を歪めた。
「水木さん」
振り向けば斎が心配そうに見ている。ほーんと、心配性だねぇ。
「どうかされたんですか?」
小首を傾げた様子が結構かわいい。いいねぇ。あとは笑顔を見なきゃ。
「何でもない。いくよん」
軽く笑みを返しながら、オレは斎を手招きした。
そうだねぇ。
美味しいコも食べられるし。
懐もあったかくなりそうだし。
楽しみって、ちょっと先の方がいいよねぇ。
ウキウキと考え事をしながら、オレは御影長室へと向かった。
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