はっきり言わせてもらうけど、アタシは最初から「アタシ」だったんじゃないわよ。
ちゃーんと、まっとうに「オレ」だったんだから。
あの、詐欺なあいつに会うまでは。
『アタシ』への道 by(宰相 連改め)みなひ
ACT1
「一度でいい。『水鏡』をやってくれ」
そんなふうに御影長が言うもんだから、ついつい気分が良くなってしまった。
「なによ。下手に出ちゃってさー。なんか企んでるわけ?」
「たわけ。そんな暇ないわい。期日が迫って焦っとるだけじゃ」
苦虫を噛みつぶしたような顔をして、御影長の飛沫は言った。オレは更に気を良くして、長に交渉をふっかけた。
「日にちがないって意外だねぇ。御影長ともあろう者が、『水鏡』一人決めるのにだらだら今までやっていたってわけ?職務怠慢〜」
「そこまで大口叩いておいて、出来ぬとは言わせんぞ。わかっておろうな、水木」
じろりと隻眼で睨まれる。いやだねぇ。本気になっちゃいやよ。それに、やらないって言ってないじゃん。せっかちなんだから。
「ま、引き受けてもいいけどね〜。でも、オレって立派な『御影』よ。それも、実力NO,1」
「初耳じゃな」
「失礼ね〜。これ以上ないって事実なのに」
むくれて言うと、とんでもない答えが帰ってきた。
「銀生がおらんからな」
「ちょっと、やな名前出さないでよ」
抗議にバンと机を叩いた。まったく。口の減らないジジィだねぇ。銀生とは社銀生(やしろ ぎんせい)といい、以前ここにいた奴だ。オレと奴は常に、任務成功率とかわいい子達を争う仲だった。二ヶ月前、上からのお達しで奴は御影本部から出た。どこへ行ったか知らないけど、邪魔者がいなくなったオレは清々としたものだ。
「ともかく、それだけ優秀な『御影』がわざわざ『水鏡』やるのよ。それなりの条件飲んでよね」
「何を言っとる」
「当然じゃない〜。で、誰につくのよ。オレを引っ張り出す位のヤツって、ここにいたっけ?」
仕事仲間の面々を思いだす。オレに匹敵するパワーの持ち主に心当たりはなかった。「水鏡」でさえつりあう奴がいなかったから、ここ数年オレは「御影」と「水鏡」両方をこなし、単独で任務を遂行してきたのだ。
「おる」
常より更に重々しく、御影長は告げた。言葉を継ぐ。
「それが一人、おるのだ。ことごとく『水鏡』を潰してしまった輩が・・・・・」
「潰しちゃった、ねぇ・・・」
記憶になくて首を傾げる。目の前の長が、深い深いため息をついた。
「お前、斎(さい)という者を知っておるか?」
「斎?聞いたことないな」
「無理もないの。あやつが御影本部におったは最初のほんの数ヶ月。後はずっと西亢の砦じゃからな。もう五年になる」
「へえ。それって単独で?ワケありじゃん」
オレは目を見開いた。普通、「御影」は「水鏡」と一対だ。オレみたいなのは、極めて特殊な場合だけ。
「だから、お前に頼んでおるのじゃ」
「なあるほど。よくわかってらっしゃるねぇ」
長の言葉に、オレはにんまりと笑った。それだけリスクの高い役割を受けるのだ。それ相応のことはしてもらわないと。
「んでさ、それだけのことをやっちゃうオレへの報酬は何?ボーナス?休暇?かわいい相棒なんてのもいいねぇ。オレ好みのさ、黒髪黒目で美味しそうなの。ブサイクはやだよん」
「相変わらずだの。お前の好みなど知らぬが、斎は黒髪に黒眼じゃ。見目は悪くない。それに、確かお前より若いはずじゃ」
「ほんとー?」
「嘘言ってどうする。二つばかり年下、だったと思うが?」
「ふうん」
くるりと目を回して考える。じゃ、二十一ってとこか。まだまだ美味しい時期だねぇ。
二年下。黒髪黒眼。五年前。
ふと、ある少年を思いだした。あのコ、斎とか言わなかったっけ?
「どうだ?」
長が問う。かなり早急に決めないといけないらしい。いいか。ここで恩を売っといて、後でお代を盛大に請求するのもいい。
「受けてくれるか?」
再度打診される。オレは口元をひき上げながら、それに「諾」と答えた。
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