『アタシ』への道   by(宰相 連改め)みなひ




ACT13

 今さらながらに思う。「仕方ないよな」って。
 オレは見たのだ。斎を、繋がれたあいつを。
 見てしまったのだ。
 理屈ではない、心が感じた。
 こんなのは、嫌だと。


「お願いです。来ないでください」
 両手を封じられたまま、斎はオレを見つめた。思い詰めた表情。正座の為はっきりとは見えないが、両足にも何らかの拘束を受けているようだった。
「ここにいては・・・・・危険です。あなたも、わかっているはずです」
 自分で言って俯く。口元に浮かぶ自嘲。無性に腹が立った。
「いいの?」
「水木さん」
「オマエはそれでいいのかと訊いてんのよ。任務と拘束の繰り返し。ホントにそれでいいの?」
 低く告げた。斎が目を見開く。途端に、ひどく不安定な顔になった。細かく首を振る。
「でも・・・・・でも、止められないんです。今度だって、水木さんにあんなことを・・・・・」
「オレはいいのかって聞いてんの!」
 びくり。斎の身体が揺れた。そのまま凍りつく。目だけが小刻みに動いて、必死で答えを考えているようだ。
「止められないから、キケンだからって諦めんの?今までそうやって来たんでしょ?これからもずっとそうやってくの!」
 大きく言い放った。答えを待つ。横たわる沈黙。この馬鹿、何をウダウダ考えてんのよ。
「オマエがいいんなら、これまでだな。ご希望通り放っといてやる。じゃあな」
 痺れを切らして告げた。半ば諦めかけながら背を向ける。二歩ほど進んだ時。
「いやです」
 震える声。でもはっきりと聞こえた。振り向く。斎が泣き出しそうな顔で、オレを見ていた。
「おれだって・・・いやです。だけど、怖い。また自分が抑えられなくなったら、そう思うと・・・・・」
 求める瞳。目は置いていくなと言ってるのに、斎は怖れに囚われている。いい加減にしてよ。オマエ、瀬戸際なのわかってる?
「斎」
「はい」
「オマエ、オレをなめてんの?」
「えっ」
 問答無用で印を組んだ。砕破印。格子が粉々に砕ける。残骸の向こうで斎が固まっていた。近づいて見下ろす。ぴしりと指差した。
「オレはオマエの『水鏡』。止められないだって?その為にオレがいるんじゃないの。『水鏡』は『御影』の力を増幅もコントロールもする。そんなことも忘れた?」
「あの・・・・・でも、おれは」
「やかましい!」
 がつり。言葉より早く左手が動いた。手加減などない。斎の上体が右に揺れた。
「何か文句ある?」
 ぎろりと睨み付けた。右頬を赤く腫らした相棒が、どうしたらいいかわからないという顔をしている。唇も少し、切ったみたいだ。 
「だいたいねぇ、アンタはアタシのオトコになったのよ?自覚しなさい。それとも、責任とらないっての?」
「水木さん・・・・」 
 大きな目。犬みたいに真っ黒な斎の瞳。濡れて、艶やかに輝いている。思えばこれにやられたのよね。そんなことを思いながら、自分のオトコの拘束を解いた。顔を両手で囲み、そのまま引き上げて立たせる。
「困るのよね」
「・・・・え」
「せっかくキレイになったのに、逃げられたら洒落になんないでしょ?」
 まだ事態の飲み込めてない面を、覗きこみながら告げた。ぽかんと開けられた口に、そっと口づける。うっすらと鉄の味がする内部に、舌を滑り込ませた。
 数瞬の戸惑いの後、おずおずと斎が応えてきた。舌を絡めてゆくにつれ、どんどん緊張がほどけてゆく。お互い満足するまで味わい、唇を離した。
「思いっきり、高いから」
 目の前で囁く。斎が僅かに首を傾げた。
「この水木さんをヤッちゃったんだからね。覚悟しなさいよ。一生!」
 にやりと宣言してやる。斎はしばし呆然としていたが、意味を理解したのか、くしゃりと顔を歪めた。
 やっとわかったみたいね。ほーんと、手間が掛かるよ。ほら、もたもたしてたら置いてっちゃうから。
 くるりと踵を返す。光の薄く差し込む出口へと、オレは一歩を踏み出した。




〜エピローグ〜

「それにしてもさ。アンタ、任務の度にあんな、金眼の危ない奴になってたの?」
 飛沫への報告からの帰り道、オレは隣の斎に訊いた。正直、あの時の斎(「砕」と言うべきだろうか)は冗談ではすまない奴だった。これからその都度ああいう輩に出て来られたのなら、どう考えても身体が持ちそうにない。せめて、あっちに変わる条件ぐらい知っておきたいと思ったのだ。
「そうですね。だいたい、暴走してましたから・・・・・」
 一縷の望みを持っていたオレに、斎はあっさりと爆弾を落とした。頬を淡く染めながら、照れ臭そうにしている。おい、そこは照れる所じゃないよ。かわいい顔してもダメ。
「ふうん。で?どーやってそのボウソウを止めてもらってたのよ」
 殆ど細目になりながら聞き返した。だいたいだって?オレに、毎回あんなメに遭えってか?
「はい。大抵はあらかた落ち着くまで放って置かれて、頃合いに数人で緊縛術を掛けられ取り抑さえられていました。呪符も飲んでいましたし。それでも毎回ケガ人が出て、戻るまで一週間くらい掛かることもあったから、肩身が狭かったです」
 肩を竦めながら斎が告げた。背中にずしりと重しが乗る。こめかみが痛くなってきた。
「天角ではどーだったのよ。いつ、もとに戻ったの?」 
 オレの素朴な問いに、斎は急に顔を反らした。更に頬が染まってゆく。耳まで真っ赤だ。
「答えなさい」
 焦れて肘で突いた。ちろりと相棒がこちらを向く。ぼそりと言った。
「・・・・・怒りませんか?」
「何でよ」
「いいから、怒らないと約束してください」
 強情に主張する。何なの?アンタ、何やらかしたのよ。
「さっさと言いな!」
 ボカリと頭を小突いた。相棒が涙目で見ている。睨み付け、先を促した。
「・・・・・怒らないでくださいよ?」
 ひどく言いにくそうに、斎が口を開いた。言葉を継ぐ。
「あの時は、あの凶々しい気に半分呑まれかけていて、水木さんに報告した辺りから怪しくなってました。だから、捕虜の方を助けるため別行動するって聞いて、実はほっとしてたんです。これで迷惑掛けなくて済むって。案の定、あの木を砕破したら邪気に完全に呑み込まれて・・・・。水木さんの名前聞くまでは、本能の赴くままでした。水木さんだけが、おれの唯一の欲求だったから・・・・」
「ほーう。それで、そのオレがのこのこ目の前に出てきたから、ヤッちゃったって?」
 引き攣る頬を抑えながら尋ねた。こくりと斎が頷く。オマエねぇ、そりゃオレよりタチが悪いよ。理性も何もあったもんじゃない。ずばりケダモノじゃん。
「水木さんの中で果てる度、どんどん頭がはっきりしてきました。それで何回目か後に、完全に自分を取り戻したんです。鎖も符も緊縛術も使わないで沈静。そんなこと初めてでした。でも、代わりに水木さんが・・・・・」
 済まなそうに斎が言葉を濁す。オレはただ、硬直した。それって、いつもアレがいるってことじゃん。それも、複数回。
「・・・・怒りました?」
 びくびく。そういう体で、相棒が覗き込んでいる。オレと「対」の「御影」が。
「・・・・・行くわよ」
「え?」
「行くわよって言ってんのよ!こうなりゃ特訓だわ。アタシはね、痛いのがいっちばんイヤなのよ!あんな、痛いだけのアレなんて、金輪際願い下げだわッ!」
 思いっきり叫んだ。斎の首根っこを引っ掴む。ずるずると引きずりながら、オレは斎の部屋へと歩き出した。
 どうせあと数日は休暇。このバカをみっちり仕込んで、ちーゃんとできるようにしなくっちゃ。
もっちろん身体もばっちり馴染ませちゃって、イロイロあっても反応するようになってやる。
「み、み、水木さんっ、あの・・・」
 ずりずりと情けなく引きずられながら、斎が言ってる。けれど無視よ。聞いてやらない。
「水木さーん」
 どーしてもダメだったら、今からでも遅くない。下剋上、狙うわよ。
 絶対、人間のアレに戻してやるから。だてに、両方経験してるわけじゃないのよ。

 妙な使命感に燃えながら、オレはずんずんと歩き続けた。


 そう言ったわけで、アタシは「アタシ」になったのよ。
 今も斎は情けないままだし、金目もたびたび出てきている。それでも明日に向かって、アタシは黙々と進んでるってわけ。
 おとなしくてやたら狂暴なケダモノと、猛獣使いの道を。

終わり

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