『アタシ』への道   by(宰相 連改め)みなひ




ACT12

 わかった。あれが斎だ。
 どういういきさつがあろうと、オレはわかってしまったのだ。
 自分がわかってしまったものを、今さら知らないと言うことはできない。
 だから・・・・・。


 歩きなれた廊下をゆく。今流行の派手な腰衣が、ふわり、ふわりと動きに合わせて揺れた。
 前から数人の仲間がやってくる。皆、一様に固まった。大きく見開かれた目。言葉をなくした口。呆然と立ちすくむ足。
「あら、元気〜?」
 サービスに挨拶してやった。固まった奴らがぎくりとする。ひきつりきった頬で、なにやらもごもごと返した。にっこり笑って通り過ぎる。愛想ないわねぇ、せっかく人が笑ってやってるのに。
 窓ガラスに映った自分を見た。しみじみと思う。ううん、土台がいいって罪だねぇ。何でも着こなしちゃうんだから。
 紫で薄い生地の腰衣も、一面豹柄で胸元が大きく開いた上衣も、所々赤や緑や青の髪の毛も。色白に西方の顔だちのオレには、似合い過ぎるほど似合っていた。
 身体がある程度回復したのを見計らって、オレは都へと向かった。そこでまず髪結い所に駆け込み、全身をウツクしくした後、閃からもらった金で大量の服や装飾品を買い込んだ。そして。先程御影宿舎に帰ってきたのだ。
「まずは、飛沫よね」
 呟きながら食堂に入る。皆が一斉に顔を向けた。
 あーらら。みんな揃いも揃って、マヌケ面だねえ。
 にやりとしながら中心へと向かう。剛が賭けに興じていた。
「よお。なんか、お祭りか?」
 剛は落ちついている。さすがだねぇ。変な趣味もってるだけ、肝の据わり方が違うよ。
「失礼ねぇ。おしゃれって言って欲しいわね」
 むくれて言い返すと、くしゃりと顔を歪めた。さも面白そうに笑い出す。
「何よー。おかしいっての?キレイでしょ?」
「ああ、綺麗だぜ。縛ったらもっと綺麗だろうけどよ」
 まだ言ってる。ほーんと、しつこいねぇ。
「な、どうだ?お前、色白いからよ、キレーに痣んなると思うんだ。薄紅のよ。いいねえ」
「ばーか。痛いのはお断りだって言ったでしょ?」
 にやにや笑う剛に、オレはぴしりと返した。肩を抱く手を弾く。まったく、油断も隙もないんだから。
「飛沫、部屋にいる?」
 要件を言った。剛の笑いが深くなる。
「ああ、たぶんいるぜ。今日はお偉いさんとの会議もないからな」
「サンキュ」
「ええっ?もういくのかよ。ちぇっ」
 礼を言って身体を離したオレに、名残惜しそうに剛が言った。無視して食堂の奥へと向かう。集合場所兼任務受付所を抜け、その奥の御影長の部屋へと着いた。扉の前に立つ。
「飛沫ー、入るよん」
 一声かけて扉を開けた。返事は待たない。御影長の地位にいる男はいつものしかめっ面で、机の前に座っていた。
「・・・・・・面妖じゃな」
 開口一番、御影長はそう言った。こちらを評した言葉と気付き、口を尖らせ反撃する。
「何よー。キレイだからいいでしょ?自分が似合わないからって、妬いちゃってさ〜」
「問題外じゃな。で、何用じゃ?」
 すっぱり切り捨てられた。ジジィめ。
「ひっどーい。無視するのね。飛沫って冷たい」
「ごたくはいい。早く要件を言え」
 こめかみを抑えながら言った。なんか、痛そうだねぇ。仕方がないから本題に入ってやる。
「ねえ。あいつ、どうしてるの?」
「斎、かの」
 即答で返された。イヤだねぇ。年寄りは遊びがなくて困るよ。
「そうよ。拘束室で拗ねてるって聞いたから。お子様は困るわね〜」
 ガシャリ。そう言うオレの目の前に、何かが置かれた。これは、鍵。
「行ってみよ」
「飛沫?」
「自分で確かめてみよ。あやつをどうするもお前の自由じゃ。他の者には、どうとも出来ぬ」
 成り行きに驚いた。交互に鍵と長の顔を見つめる。皺だらけの顔が、困ったように歪んだ。
「お前は知ったはずじゃ。あの者がどういう輩であるのか。あの者の事を知りながら、お前に託したはこちらの責。なればこそ、お前に任せるしかない。お前以外、あやつを抑える力を持つ者はここにおらぬ。『対』をやめるも、あのまま牢に入れておくも、西亢に返すも自由じゃ。お前が決めるがよい」
 淡々と御影長は言った。本気らしい。
「いいの?」 
 敢えて確認を取った。オレでいいのか。「斎」は、それほど重要だから。
「いいも悪いも、あの者はわしの言うことなど聞かぬ」
 困った顔のまま飛沫が零した。オレは目を閉じる。さあ、正念場だ。
「じゃあ、文句なしよ」 
 少し沈黙の後、目を開けて言った。決心して出された鍵を握る。御影長室の奥の扉を開き、地下へと向かった。


 細い階段を降りてゆく。その先には拘束室があった。

 斎がいる。
 暗い、陽の差さないその空間に、あいつはいる。
 そこで、オレを待っているのだ。

 階段の下には、細長い空間が待っていた。薄暗い。所々ある蝋燭の灯が、かろうじてその内部を照らしている。ここが拘束室。
 昔はよく使われていたらしいその場所は、今は埃と湿って重い空気に囲まれていた。カビと土と苔の臭い。時々、ネズミや虫達が床を、天井を駆けていた。
 西亢もこんな感じだったのかしらね。
 歩きながら考えた。前に斎は、殆ど拘束の身だったと言った。だとしたら。こういった場所に五年近くもの間、囚われていたのだろうか。
 捕虜だったらともかく、味方にだものねぇ。
 オレにだって拘束経験はあった。でもそれは、常に敵によるものだった。敵だからこそ、その理不尽さに納得のいく所もある。それが、味方だったとしたら・・・・。
 ふと、拘束されている斎の姿が浮かんだ。暴走時、あれだけの力を出すのだ。味方は皆、彼を怖れただろう。俯いた顔。繋がれた手足。心が軋んだ。
 オレしかないってんなら、仕方がないよねぇ。
 再度自分に言い聞かせる。正直、それを抑える自信などない。現にオレは、暴走したあいつに無茶苦茶やられてしまった。けれど。
 ぎしり。
 最奥の牢についた。格子に手を掛ける。中を見た。
 誰かが正座している。両手を拘束され、じっと座っている。
「来ないでください」
 ぽつり。固い声が響いた。
 まぎれもない、斎の声だった。