『アタシ』への道   by(宰相 連改め)みなひ




ACT11

 二度目に目覚めた時、オレは御影宿舎の自室に寝かされていた。
「しっかしよう、びっくりしたぜ」
 見舞いにきたらしい、同僚の閃が言った。
「二日前、あの坊やがボロボロのお前担いでやってくんだぜ。それも真っ昼間に。みんな、ど肝を抜かれてたぞ」
 普段へらへらとやっているこの男のわりには、真剣な顔で言う。
「おまえ、意識ないし。ぴくりとも動かないしよ。坊やは『おれのせいです』の一点張り。飛沫も頭抱えてたぜ」
 苦笑しながら、言葉を継ぐ。
 医療棟に運び込まれたオレは、全身くまなく検査されたらしい。結果、さして大きな外傷はなかった。ただし、一部分を除いては。
 当たり前だよ。任務で受けた傷なんてないからねぇ。
 任務後に受けた出来事を思い返す。ほーんと、よく生きてたねぇ。
「斎は?」
 気になって訊いた。あの性格だ。こういう場合、真っ先にあいつが駆けつけていそうなものなのに。目が覚めてから一日、斎はオレの前に姿を現わさなかった。
「坊やか。あいつはねぇ、牢ん中入ってるよ」
「処罰されたの?」
「まさか。理由がねぇじゃん。自分で入ったんだよ」
 首を振りながら、閃が言った。
 自ら入ったって?任務は十二分に成功させたはず。あれだけのダメージを受けた天角の砦は、当分まともに機能しないだろう。ならば、何故。
「飛沫もいろいろ言ったんだぜ。あいつの噂は奴も知ってたし、水木のことは自分の配置責任だって。でも、坊やも頑固でねぇ。自分が悪いって聞かねぇの。仕方なくお前が目覚めるまで、宿舎地下の拘束室に入れたんだよ」
「噂って?斎に噂なんかあったの?」
 がたん。同僚が椅子を倒した。目の玉まんまるで退いている。
「何よ。驚いたカオしちゃって」
「水木・・・・本当に知らなかったのか?」
「知らないって。だから、何?」
 むっとして言い返すと、同僚は片手で顔を覆った。大げさだねぇ。
「お前、『西亢の砕』って聞いたことあるか?」
 「砕」ねぇ。聞いたことあるような、ないような・・・・。
 首を傾げるオレに、閃はため息をつく。苦笑しながら言った。
「いや、すごいねぇ。さすが水木だよ」
「なんなの?もったいぶってないで、さっさと言いな」
「了解。西域戦線で、大がかりな壊滅作戦が行われてたの知ってるか?」
「ああ。最前列は捨て駒って奴でしょ?惨いねぇ」
「そんな惨い作戦が、どうして五年近くも続いたと思う?普通、そんな長い間捨て駒になる奴なんていないよな」
「あったりまえでしょ」
 呆れながら言った。誰だって命は惜しい。というか、命が持たない。
「でもな。西亢の砦にはいたんだよ。そんな捨て駒が。敵に多大な被害を与えながら、常に生き残ってきた奴が。そいつはケタ外れな破壊能力をもっていて、暴走したら誰にも止められなかった。だから、西亢の奴らはそいつの名をもじってこう呼んだのよ、『砕』ってな」
「え・・・・・」
 「斎」と「砕」、それまでバラバラに落ちてた欠け片が組み上がってゆく。抑えられない暴走。たびたびあった拘束。大人しく「捨て駒」でいられる奴。
『斎だ』
 確信した。あの金眼の男も。「砕」って奴も。そして、オレの知っているあいつも。まぎれもなく、「斎」なのだ。
「わかったみたいだな」
 呆然とするオレを覗きこみ、満足そうに同僚は言った。そして少し困った表情の後、いつも通りにへらりと笑った。
「とにかくは、だ。いい機会だし、お前はゆっくり休めばいいんじゃないの?あいつのことは、その後で考えればいい。どうせ、お前次第だから。たらふくうまいもん食うもよし。おねぇさん達と遊ぶもよし。あ、そうか。お前の場合、お兄ちゃん達かな。ほい、軍資金」
 どさり。枕元に巾着が置かれた。ぱんぱんに膨らんでいる。中身は金だろう。
「これは?」
「え?忘れたのか?じゃ、出さなきゃよかったな。配当の2割。稼がせてもらったぜ」
 にやり。同僚はさも嬉しそうに笑った。ひょっとしなくてもこいつ、一人勝ちしたな。
 じっとりと見上げるオレに、閃は嬉々として言葉を継いだ。
「しっかしよー。みんな、あのぼうやの外見に騙されてさ、殆どお前がヤッちゃう方にかけてやんの。おかげで、おれは一儲けさせてもらったけどさ」
「オマエ、何で知ってたの」
「おれ、西域の任務多いもーん」
「なるほどね」
 ぺろり。いたずらっ子のように出された同僚の舌を、引っこ抜いてやろうかと思いながら見つめた。仕方がない。オレはそんなこと知ろうともしなかったし、知っていたらあいつと組むことはなかっただろう。結局、全てが遅い。ま、懐があったかくなっただけ儲け物というところか。
「まあ、そんなわけだから。協力、サンキュな。また頼む」
 ウキウキとしながら、閃は部屋を出ていった。きっと、この後遊郭にでも繰り出すのだろう。まったく、仕様がないねぇ。
『お前次第』
 同僚の言葉が思いだされる。斎は自ら檻に入った。あいつを出せるのはたぶん、オレだけ。
「さあて、どうするかねぇ」
 枕元の金を見つめながら、オレはぽそりと呟いた。