『アタシ』への道 by(宰相 連改め)みなひ ACT10 生きてたんだねぇ。 痛みと熱に囲まれながら、オレは目を覚ました。身じろぎしようとして挫折する。胴体どころか、手足の一本も動かせそうにない。特に身体の下半分はどうしようもなく、そこから発するものを堪えるだけで精一杯だった。 ほーんと、我ながらすごいよ。 今までいろんなめにあった。黒髪黒眼の和の国に、こんな姿で生まれたのだ。それなりに辛い思いもしてきたと思う。正直、今回みたいに身体を侵された経験だってあるのだ。だけど。 意識を失う前にオレが遭遇したこと。それは、それまでのものとは到底、比較にならない出来事だった。身体がすくみ上がるような恐怖。やわな奴だったら発狂するんじゃないかとも思える精神的圧力。おおよそ人のものとは思えない繋がり。その行為の最中、喰われてしまうような気さえした。だから。 そんな状況を通り抜けたのに、結構まともな自分が凄いと思った。 ここ、どこだろ。 かろうじて動く首をそろそろと上げた。身体の下にあるもの。それは、粗末だけどきちんとした寝具だった。どうやら屋根のある建物の中らしい。天角の砦から和の国までの間に、「御影」の息のかかった宿は存在しないから、山小屋といったところだろう。 素肌の背中の上には、何かが掛けてあった。柔らかく温かい肌ざわり。きっと毛布だろう。意識を失う前、オレの服は引き裂かれてしまった。「御影」専用の特殊な装束。それが、いとも簡単に原形をなくしたのだ。 大人しい奴に限ってやることはえげつないって言うけど、あそこまでいったら詐欺だね。 自分をこんなにしてくれた犯人を思いだす。黒髪。黒い瞳。従順だった態度。斎。 あの野郎、ただじゃ済まさないから。 眼球をフル回転させて、自分の周囲を伺った。寝台。壁。掛けられている毛皮。遠くに見える囲炉裏。熾された火がぼんやりを揺らめいている。 ぎくり。 背中に視線を感じた。誰かが覗きこんでいる。こんなに近くにいたのに、今まで全然気付かなかった。 あらら、やばい。 半ば諦めかけながら思った。気配は色濃くなり、誰がのぞきこんでいるのか、嫌でもわかってしまう。空気は張り詰めたままだし、向けられた視線はオレを突き刺している。そんな中、のこのこ起き出してしまったのだ。当然、ただでは済まないだろう。 焦らしはキライだよ。やるならとっととやんな。 覚悟を決めて目を閉じた。けれど。しばらく沈黙の後、消え入るような声が響いた。 「すみません」 出された言葉に驚く。目を開け上を見ようとした時。 ぽとり。 目の近くに何かが落ちてきた。反射的に目を瞑る。何よこれ、少し冷たい。 再び目を開いたオレの頬に、また一つそれは落ちた。確かめようと首に力を入れる。痛みに顔を顰めながら、なんとか頭を持ち上げた。上を見る。 「水木さん・・・・・すみません・・・」 蒼白な面が迎えた。強ばった表情。濡れた目が大きく見開かれている。落ちてきたものが、何かわかった。 「・・・・・こんなつもりじゃなかったんです。あなたを傷つけたくなかった。でも、あなただとわかったあの時、おれは自分を止められなかった・・・・」 苦しげに歪む顔。細かく震える唇。喉の奥から絞り出すように、斎は言葉を継いだ。 「許されるわけないって、わかっています。だけど。もうおれ、謝るしか・・・・・」 涙が流れてきていた。次々と滴り落ちてくる。オレの顔に髪に、それらは降り注いできた。 ホント、斎なんだねぇ。 相棒の涙に濡れながら、ぼんやりとオレは思った。そして妙に納得する。何故だかはわからないけれど、あれは斎だ。そして、これも斎。紛れもなく、どちらも斎なのだ。 「水木さん、水木さん・・・・・・ごめんなさい」 泣きながら斎が謝る。馬鹿の一つ覚えみたいに。悲壮な顔で、斎自身が傷ついているような顔で、謝り続けている。 いーよ、もう。 心の中で言った。言葉にしようとしたけど、うまく口が動かない。おかしいねぇ、いつもはあんなによく動くのにさ。どうしてなんだろう。 いいから。そんな顔、しないでよ。 あれだけのことをされておいて、そう言っちゃうのも問題だと思う。けれど、はっきり思ってしまった。斎のこんな顔を見るのは、嫌だと。 頭の中を、いろんな斎が巡る。 『おれ、いつも加減が利かなくて・・・・』 本当ね。加減どころの騒ぎじゃないよ。 『おれ、拘束されてることが多かったから、冷えたものが多くて・・・・』 だろうね。あれだけの暴走ぶりじゃ、拘束しないとまわりの命がいくらあっても足りないもの。 『水木さん。もしおれが危なくなったら、見捨ててください』 危ないのはオマエの命じゃなくて、オマエ自身だったのね。だから、言ったの。見捨てろって。 『ずっと、ずっと想っていました。任務の恐さも、鎖に繋がれる苦痛も、一人の寂しさも。全部あなたを思えば耐えられた。もう一度、会いたかったから・・・・・』 恐かったろうね。つらかったろうね。寂しかっただろうね。それでもオマエは耐えたんだ。一人っきりで。たった一回通り過ぎただけの、オレなんかの言葉を信じて。 『御影に戻ってから、毎日が夢みたいでした。水木さん、おれのこと覚えていてくれてたし。一緒にいられて、嬉しかった。おれなんか、そんな資格ないってわかっていたけど』 オマエはいつも暗い顔してた。自分なんて嫌いだって。いらないって顔。もうそんな顔、させたくない。せっかく笑えるようになったのに。 ほら、笑うんだよ。 歯を食い縛って手を伸ばす。せめて、その項垂れる頭をはたいてやろうと思った。あれだけ力を持った奴が、湿気た顔してんじゃないのって。オマエはオレとの約束も果たしたし、任務も完了したんだから、もっと胸張って笑ってろって。 もう少し。 襲ってくる睡魔や痛みと戦う。黒髪に指先が触れた瞬間、オレの意識は闇に落ちた。 |