「愛のもしも??劇場
-榊剛の場合-
by近衛 遼


その9

 ドォォォーーーン、ドドドン……ドーーーーォン……。
 夜空を照らして、幾筋もの光が四方八方へと散っていく。
「うわー、すごいですねえ」
 それを見上げて、黒髪黒眼の少年はしみじみと嘆息した。
「色も形もいろいろで、面白いですね。あ、今度はリボンみたいなのが……」
 まるで子供のようにはしゃいでいる。榊剛はよく冷えたカップ酒を片手に、その様子を見遣った。
 じつのところ、剛自身は花火などとくに興味はない。どちらかというと火薬の無駄遣いだと思っているぐらいだ。が、たまたま有休がとれた日が都の商業組合が主催する花火大会の当日で、少年が花火見物のための重箱弁当やら新品の浴衣などを用意していたので、大川の河川敷まで出張ってきたのだった。
 ちなみに、弁当のみならず浴衣も少年のお手製である。
「昔、よくみんなで来てたんです。でも、桐野の両親が亡くなってからは、兄さんが嫌がるんで一度も……。弟たちは寂しがってましたけど」
 花火が始まる前、重箱の料理を取り分けながら、少年は言った。本当は弟たちに声をかけるつもりだったのかもしれないが、剛が戻ってきたので遠慮したらしい。
 そのへんの心配りが、なんともいじらしいよな。まあ、花火大会は夏のあいだにあと三回ばかりあるし、ガキどもはその時に誘ってやればいい。
 色どりどりの花火に照らされた、少年の横顔。浴衣の襟足から覗く幾分細い首筋には、昨夜の跡がうっすらと付いている。
 たしか、あしたは仕事だったよな。てことは、今夜はアレはできないか。ああ、でも……。
 ふと、あることを思いつく。
 西町通りの家に帰るまでの道すがらに、土地神を祀ったお堂がある。あたりに民家はない。花火が終わったあと、夜店を回って時間を稼げば……。
 とことん不埒な計画が組み立てられていく。
 さすがに、バチが当たるかな。あきらめて、家に帰るまでガマンするか。そう考えていたとき。
 パーーーァン、パンパンパン………。
 連続して仕掛け花火が打ち上げられた。あたりが昼間のように明るくなる。
「剛さん、ほら、あれ。きれいですねえ」
 すっかり興奮した様子で、少年が剛の腕を取った。
 少年の体温が浴衣ごしに伝わる。下腹のあたりが、明確に自己主張を始めた。
 ヤバい。
 剛は立ち上がった。
「帰るぞ」
 短く、言う。
「え?」
 戸惑ったような顔で、少年は剛を見上げた。その表情までもが、妙にそそられる。剛は人混みをかき分けて、その場から離れた。少年が敷物や重箱を風呂敷に包んで後を追う。
「まっ……待ってください。おれ、なにか失礼なことでも……」
 してねぇよ。けど、いまそれを説明してるヒマはない。
 黙々と歩き続ける。少年はしゅんとしたまま、あとに続いた。
 喧噪から離れて、脇道に入る。西町通りの外れ。細い路地を抜けると、小さな祠が見えた。無言のまま、中に入る。
「ここは……」
 問いには答えず、剛は少年の腰を引き寄せ、昂ぶった体を押しつけた。
「……」
 少年の手から、風呂敷包みが落ちた。

 帯を猿轡にして、声を抑えて。
 乱れた浴衣の上で絡み合う。
 体を整える余裕はなかった。いまだ固い蕾を割るように侵入する。少年の目尻にうっすらと涙が浮かんだ。
「んっ……ん……っっ!」
 必死で息を吐き、自分の中にあるものを受け入れようとしている。少年の手が剛の首に回った。
『剛さん』
 聞こえるはずのない声が聞こえ、剛はその行為を続行した。

 地獄に堕ちるなら、独りで。祟りなんざ、俺が全部引き受けてやるさ。
 すべてが終わったあと、榊剛はそう思った。


おしまい。