「愛のもしも??劇場
-榊剛の場合-
by近衛 遼


その10

 その日。都で一、二を争うの宝飾品店「鳳凰堂」で、武人のような強面の大男が白金の珥(みみかざり)を買った。
 片方だけを贈答用に包ませ、もう片方は無造作にポケットに入れる。店の者はこの変わった客のことを、いったい何者であろうかと噂しあったという。


「ほらよ」
 卓袱台の上に、ぽん、と小さな包みが投げられた。
「なんですか?」
 食後のお茶を運んできた黒髪の少年は、不思議そうな顔で訊いた。
「まあ、開けてみろや」
「はい」
 湯呑みを置いてから、包みに手をのばす。錦紗を開くと、その中には小さな白金の環が三連になった珥がひとつ、入っていた。
「これは……」
「おまえにやる」
「え? でも、これってもしかして鳳凰堂の……」
「だったら、なんだ?」
 鳳凰堂の「三連」シリーズは有名だ。指環、首飾り、珥、釧、額飾り、その他、簪(かんざし)や帯留めまで、金、銀、白金などを三連に細工している。
 これらの三つの環は「前世」「現世」「来世」を表わし、恋人や家族など大切な人に、今世だけでなく来たる世も縁あるようにとの願いを込めて贈るのが、都人のあいだで流行していた。
「こっ……こんな高価なもの、いただけません。それでなくても剛さんには『めぐみの森』にたくさん寄付していただいてるし、この家だって……」
 心底、困ったように言う。
 あいかわらずだよな。こういう関係になって、もうずいぶんたつってえのに。
 大抵は、体の関係ができてそれなりの待遇を受けると増長してくる。贅沢があたりまえになって、あれやこれやと要求してくるのだ。剛はいままで、そんなやつらを山ほど見てきた。しかるに。
「気にすんなって言ってるだろ」
 この少年は、違う。月々に渡している手当にはほとんど手をつけず、自分が財団の事務や、ときにはSPのようなことをして稼いだ金でやりくりをしているのだ。日々はつつましく。そして剛が帰ってきたときには、精一杯のもてなしをして。
「やっぱり、これは……」
「付けてやるぜ」
 まだ何事が言おうとしている少年の手から、珥を奪い取る。
『……』
 口呪を唱えて、少年の耳に手を宛てる。痛覚を抑えて、珥を耳朶の少し上の位置に付けた。かすかに皮膚の破れる音。珥は少年の耳に納まった。
「剛さん……」
 戸惑いの表情。剛は少年の首を抱えて引き寄せた。
「おまえは男だからよ」
 耳朶を撫で上げて、言う。
「指環ってわけにもいかねえだろ」
 それを聞いて、少年の黒目がちの瞳が大きく見開かれた。視線が剛の耳元に注がれる。ぼさぼさの髪に隠されたその場所には、いま少年の耳に付けられたのと同じ耳環あった。
 少年の手が、おずおずと剛の首に回る。剛は少年を抱き上げた。

 またひとつ、新しい金脈を発見したって感じだよな。
 夜具に突っ伏した少年に蒲団をかけながら、剛は思った。耳環のあたりを愛撫したときの、あの反応。いままでもそれなりに応えてきていたが、今日はさらに敏感になっていた。
 次は、あそこを重点的に責めてみるかな。手足を拘束して、抵抗を封じて。
 少年の耳環を眺めつつ、とことん不埒な想像をふくらませる榊剛であった。

 おしまい