「愛のもしも??劇場
-榊剛の場合-
by近衛 遼


その7

「すみません、剛さん」
 その夜、臥し所で。少年は黒目がちの双眸を見開いて、言った。
「あしたは、どうしても休めなくて」
 いざ、龍舌蘭の帯揚げで緊縛して……と意気込んでいた榊剛は、それを聞いて手を止めた。
「財団の仕事か?」
 少年が御影を退職してからずっと、桐野財団の事務を手伝っているのは知っている。彼の義兄は財団の総帥で、少年の前身を公にせずに事務局に入れた。もっとも、少年は仮にも元「御影」。万一のときには、財団関係の要人警護の任に就かせるつもりかもしれない。
「いいえ。あ、でも、『めぐみの森』の行事ですから、財団の仕事と言えなくもないですね」
 「めぐみの森」とは桐野財団が出資している児童福祉施設だ。身寄りのない子供たちが多くいて、少年もかつてはそこで暮らしていたらしい。
「ふーん。ガキどものお守りかい。で、なにがあるんだ?」
 たいして興味はなかったが、訊いてみる。このぶんだと、今夜はお預けだ。せめて話でもしないと、時間が余って仕方がない。
「七夕です」
「へ?」
「あしたは七夕だから、みんなで短冊に願い事を書いて笹に吊るすんです。で、夕方からは庭でバーベキューをして。『めぐみの森』に寄付してくださってる方々もお招きするんで、けっこう大がかりなんですよ」
 なるほど。さっそくVIPのガードかよ。
 たしかに、この少年なら目立たない。外見のみならず、総帥の義弟で施設の出身者とくれば、だれもSPとは思うまい。
 しかし、大丈夫かねえ。こいつの性格だと、来賓のやつらよりガキどもを優先しそうだが。
「そいつぁ、部外者立ち入り禁止かい」
「え?」
「いやあ、俺も一度、おまえが働いてるとこを見てみたいと思ってよ」
 本音半分、ウラ半分で言う。少年は目を丸くした。
「ほっ……ほんとですか? うれしいです。でも……」
 困ったように、横を向く。
「職員と施設の出身者と、あとはその保護者のかたしか参加できない決まりになっていて……」
「寄付すりゃ、いいんだろ」
 たしかさっき、そんなことを言ってたよな。
「え、まあ、それはそうですけど……」
「んじゃ、これ。一口いくらか知らねえが、適当にやっといてくれや」
 衣桁に掛けてあった上衣から巾着を取り出して、投げる。少年は慌ててそれを受け取った。
「こんなにたくさん……だめです、剛さん。これ、このあいだの任務報酬じゃないですか」
「かまわねえよ。気にすんな」
「でも……」
「俺がいいって言ってんだから、さっさと仕舞え。そのかわり、あしたはおまえに付いてくぞ」
 有無を言わせぬ勢いで、畳み込む。少年はなおもなにか考えているようだったが、やがて巾着を整理箪笥の引き出しに納めた。
「剛さん」
 ふたたび、夜具の上に戻る。
「ん、なんだ?」
「おれ……今日はいつものようにできませんけど……」
 潤んだ瞳が近づいてくる。唇がかすかに触れて、そして。
 少年の手が剛の下衣をくつろげた。

 たまんねえな。
 紅潮した頬。薄く開いた口。規則正しい寝息をたてて熟睡している少年を見下ろして、剛は思った。
 いろいろ頑張ってくれたし、いろんな顔を拝ませてもらった。たまには、こういうのもイイよな。
 枕元の帯揚げに手をのばす。結局は使わなかったが、これはまた次回のお楽しみだ。こいつの「仕事」のないときに。
 真紅の帯揚げを手に、至極満足している榊剛であった。

 おしまい。