「愛のもしも??劇場
-榊剛の場合-
by近衛 遼


その5 

 湯舟の中で、あるいは外で、ひとしきりそれを堪能したあと。
 榊剛は黒髪黒眼の少年を担いで座敷に戻った。昨日から敷きっぱなしの夜具の上に、ぐったりした体を横たえる。
 ちっとばかり、ハメを外しすぎたかな。一応、反省する。なにしろ、ここに越してきた日のことを思い出して、あのときとほぼ同じパターンで事を行なってしまった。手拭いを使った拘束など、しばらくやっていなかったのだが。
 途中で手加減したつもりだったが、少し跡が残ってしまった。四、五日は袖の長いものを着てもらわねばなるまい。この季節に長袖というのは、少々きついかもしれない。
「ん・・・」
 少年がわずかに眉をひそめた。ゆっくりと、目蓋が上がる。
「大丈夫か?」
 顔を覗き込んで、訊く。どう見ても「大丈夫」なわけはない。それでも少年は、剛の姿を認めると、ほっとしたような顔で笑った。
「はい。あ、でも・・・」
「なんだ?」
「夕飯・・・まだなにも用意してなくて・・・」
 それはそうだ。買物から帰ってきてすぐに、少年は剛に風呂場へ連れていかれたのだから。
「ご飯は炊いてありますから、すぐにおかずを・・・」
 起き上がろうとして、顔を歪める。
「あー、メシは俺が適当にやるから、寝てろ」
「でも・・・」
「いいから、寝てろって」
 黒髪をくしゃくしゃと撫でて、言った。メシなんざ、どうでもいい。本音を言えばそうだったが、自分はともかく、この少年は疲労困ぱいしているはずだ。握り飯でも作るかな。そう考えて、剛は台所に立った。
 といっても、自慢じゃないがまともに料理などしたことはない。任務中に携帯食を温めたり、現場で捕まえた鳥や魚を焼いて食べたぐらいで。
「ま、こんなもんだろ」
 幾分いびつな握り飯に海苔を巻く。少年が惣菜屋で鶏肉の唐揚げやだし巻などを買ってきていたので、それらを皿に乗せて座敷へと運んだ。
「ここに置いとくからな。起きられそうなら、食え」
 そう言って、自分は二本目の冷酒を開ける。唐揚げやだし巻をつまみつつ、きりりと冷えた酒をのどに流し込んだ。
「すみません。あしたの朝は、ちゃんと作りますから」
 横たわったまま、申し訳なさそうに少年は言った。
「無理しなくてもいいぜ。ゆうべの煮物も残ってるし、佃煮や梅干しもあるしよ」
 べつに、茶漬けだけでも十分だ。この二日、あっち方面で山ほど食わせてもらったことだし。
 明日からまたしばらくは都に戻ってこられないが、次の休みを楽しみに、せいぜい仕事に励むとするか。
 新たなる勤労意欲を胸に、杯を重ねる榊剛であった。

おしまい。