「愛のもしも??劇場 -榊剛の場合-」
by近衛 遼
| その3 榊剛の昨日の任務は御影本来のものではなく、副業的なもの(要するに拷問)であった。 久々に、おいしい仕事だったよな。朝食の支度が整うのを待つあいだ、剛は前日のあれこれを思い出していた。 尋問する相手は宗の国の間者で、二十歳になるやならずの若い男だった。旅芸人の一座に紛れて和の国の各地を巡り、地方の豪族に宗の国に有利な情報を流していたらしい。剛の仕事はその工作を命じた者の名を聞き出すことだったが、予想以上に男の口は固く、いろいろと尋問の方法を変えなければならなかった。 手応えのある相手を陥とすのは、仕事であれプライベートであれ、楽しい。 しばらくプライベートでは、その「陥とす」作業をしていなかったので、きのうの仕事は多分に私情が混じってしまった。本当なら半日もかけずに必要な情報を引き出せたかもしれないが、ついつい長引かせてしまったのだ。 もっとも瓢箪から駒(というか、怪我の巧妙?)で新しい情報も入手できて、おかげで剛は昨日、金一封と有休二日をゲットして都の家に帰ってきたのだった。 「剛さん、お待たせしました」 からりと襖が開いて、黒髪の少年が入ってきた。手には焼き魚や味噌汁などが乗った盆を持っている。 「おう。旨そうだな」 「お先にどうぞ。いま、お茶いれてきますから」 そう言って、台所に引き返す。幾分不安定な足取り。その原因を作ったのは剛である。 仕事はおいしかったし、昨夜のアレも旨かった。さらには卓袱台の上に並んだ、朝飯の数々。 巻き麩とワカメの味噌汁は赤出し。焼き魚の海南産のアジのひらき。漬物は古漬けの沢庵で、冷や奴にはミョウガが乗っかっている。どれもこれも、剛の好みだ。 言うことねえよな。 我知らず、口元がゆるむ。仮にも「御影」が、赤出しやアジのひらきで和んでどうすると思わなくもないが、まあこれはこれでいいものだ。 少年が急須と湯呑みを手に戻ってきた。卓袱台を見遣って、なにやら不安そうな顔になる。剛が箸をつけていなかったので、なにか不都合があったと思ったらしい。 「あの、剛さん・・・」 「あ? いや、悪ぃ。ちっとばかり、きのうの仕事のことで考え事してた。んじゃ、ま、食うか」 そう言うと、少年の表情がぱっと明るくなった。 「はいっ。いただきます!」 こうして。和の国の都の西町通りの外れにある小さな貸し家で、穏やかに和やかに、朝餉が始まったのであった。 おしまい。 |