「愛のもしも??劇場
-榊剛の場合-
by近衛 遼


その2

「もー、ここんとこ、お見限りじゃない、剛ちゃん」
 茶色の眼をくるりと向ける。
「ま、あのボーヤを囲っちゃったんだから仕方ないと言えばそーなんだけどさー。おれ、ここんとこ金欠なのよ〜。プロ中のプロ紹介するから、一回、遊ばない?」
 にんまりと勧誘してきたのは、榊剛と「対」を組んでいる水鏡、檜垣閃である。
 この男、じつは剛と「対」を組んだ当初、縛り上げられた経験があった。が、代わりを紹介するからと言ってなんとか難を逃れたあと、もっぱらそのテの相手を斡旋することで手数料を稼いでいる。細かいことはわからないが、とにかく、カネが要るらしい。御影宿舎における賭け事や宴会もこの男が仕切ることが多く、いわばお遊び関連のなんでも屋といったところだ。
 剛は閃にとっては金離れのいい上客であったが、先般、御影に「補欠」という形で入ってきた黒髪黒眼の少年をなし崩し的に専属にしてしまったあとは、とんと遊びの依頼が途絶えてしまった。事実かどうかは定かではないが、閃の実入りは三分の二に減少したらしい。
「あのボーヤだったら、黙ってりゃわかんないでしょー」
 閃の軽口に、剛は冷ややかな一瞥を投げた。
「・・・おまえも、ヤキが回ったな」
「へっ? てことは・・・」
「一発でバレるぞ」
「うわー、見かけによらず、やるねえ。もしかして、場数踏んでた・・・なーんてことはないよな」
 自分ツッコミを入れて、うんうんと頷く。
「ありゃ、どー見たって初物だし」
 そうだ。間違いなく初物だった。それも極上の。
 榊剛は、しみじみと回想した。御影本部に配属されたばかりで、まだ「対」すら決まっていなかったあの少年を、「歓迎会」と称して自室に呼んだとき。
 不安げにしていたのは、部屋に入ってきたときだけだった。剛がその命令を下したあとは、むしろほっとしたように見えた。着衣を落としたときも、縛り上げられたときも、そして、その後の様々な行為の最中でさえ。
 まだ、いけるのか。これも。これも。・・・これでもか?
 終わったあと、マジで医療班を呼ぼうかと思った。この俺が、ここまでやってしまうとは。
 榊剛はその趣味に関しては、いわゆるスペシャリストだった。だからこそ、御影としての仕事のほかに拷問吏としても高い評価を受けている。しかるに。
 これじゃ、まるで初心者じゃねえか。したい放題しちまって。
 そのあと、剛は少年を手厚く介護した。もっとも、だからといって自分がやったことに変わりはないし、やったことをを詫びるつもりもなかった。
 俺はしたいことをした。その責任は、俺がとる。謝って済むのは、ガキの喧嘩だけだ。それが剛の持論だったから。
 いずれこの少年は、壊れるか逃げるか、逆に牙を向いてくるか、あるいは計算ずくで取込みにくるかもしれない。そう思っていた。しかし。
「すみません。いろいろ、お世話をかけて」
 寝台の上で、少年は言った。本当に申し訳なさそうな顔をして。
「大丈夫です。おれ、これでもけっこう、頑丈にできてますから。・・・補欠だけど、一応御影ですし」
 懸命な表情。あれには、さすがに参った。
 結局、半ば強引に御影を退職させてしまったが、それでもあいつは変わらない。
「都に戻れてよかったです。桐野財団の仕事も手伝えるし、弟たちの面倒もみられるし。これもみんな、剛さんのおかげですね」
 あんなことを言われて、そうそう毎回縛れるかよ。
 だいいち、そっち方面以外でもいろいろオッケーだったりするわけで。
「ふ〜ん、剛ちゃんてばシアワセ者〜。そーんなにハッピーなら、こっちにもお裾分けしてよねー」
 肘でつんつんと突いてくる「対」の男に、剛は巾着を差し出した。
「これで遊んでこい。ただし・・・」
「わーかってるって。あのボーヤのことはヒミツにしとくよん♪」
 さすがに話が早い。
 機嫌よく出て行く背中を見遣りつつ、有休の前倒しをしてやるかと考える榊剛であった。    

おしまい。