「愛のもしも??劇場 -榊剛の場合-」
by近衛 遼
その1 榊剛は家路を急いでいた。 古参の御影である彼は、ふだんは御影宿舎に暮らしているのだが、月に二度の外出日と長期の任務明けには都に借りた小さな一軒家で過ごす。西町通りの外れ。そこには彼の帰りを待つ者がいた。 「よお」 玄関の戸をカラカラと開けて、声をかける。 「はーい」 すぐに声が返ってきた。奥から旨そうな匂い。里芋の煮っころがしだな。そんなことを考えていると、黒髪黒眼の少年が菜箸片手にぱたぱたと出てきた。商店街のくじ引きで当てたというピンクのエプロンが眩しい。 「おかえりなさい、剛さん。御無事でなによりです」 黒目がちの眼をぱっちり見開いて、言う。何度見ても、速攻押し倒したい可愛さだ。 「おう。ほらよ」 左手に持っていた包みを差し出す。 「土産だ」 「なんですか?」 小首を傾げて、受け取る。 「『川瀬』のウナギだ。焼きたてだぞ」 川魚料理で有名な料亭「川瀬」の天然鰻は、いまが旬である。 「そんな高価なものを・・・いつもすみません」 心底、すまなそうな顔。この顔には弱い。 「あー、まあ、俺も食うからよ。丼とう巻き、作ってくれや」 「はいっ、わかりました」 にっこり笑って、答える。少年は再びぱたぱたと奥へ入っていった。 本当はウナギより先に食いたいモンがあるんだけどな。心の中で呟く。久しぶりだから、アレとかコレとか試してみたいが・・・さてどうなることか。 縛りたい。けど、縛れない。このところ、ずっとそうだ。 榊剛は嘆息した。俺もヤキが回ったかねえ。ま、縛ったり吊したりしなくてもイけるから、それはそれでいいんだけどよ。 いまひとつモヤモヤした気分だが、こういう暮らしもまんざらではないと思い直した榊剛であった。 おしまい。 |