「愛のもしも??劇場 -榊剛の場合-」
by近衛 遼
ACT14 めずらしく、長期休暇がとれた。以前なら馴染みの色子を何人か連れて涼の国あたりに行き、海辺の町でうまいものを食べ、夜な夜な遊興に耽っていた榊剛だったが、このところはそんな豪遊をすることもなく、都の西町通りに借りた家で過ごすことが多かった。 「え、剛ちゃんたら、またボーヤんとこ行くの」 休暇初日、剛の「対」である檜垣閃は、あきれたような顔で言った。 「こないだの休みんときもそうだったじゃないの。よく続くよねぇ。……大丈夫?」 ひそりと訊く。剛はじろりと横を見た。「大丈夫」だと? なにがだよ。 そう思ったのが顔に出たのか、閃はさらに声をひそめた。ちなみに二人がしゃべっているのは、御影宿舎の東館と南館を繋ぐ渡り廊下だ。 「ボーヤのことよ。こう言っちゃナンだけど、剛ちゃんの相手すんのってプロの人でもけっこうタイヘンみたいじゃん」 たしかに、そうだ。いや、そうだった。 大きな声では言えないが(でも周知の事実だが)、剛には特殊な趣味がある。色街のそのテの店では何軒かで協定を結び、持ち回りで剛の相方を決めていた。というのも、そうでもしないと色子の体がもたないからで、色宿のあるじたちは商品である色子を潰されないように頭をひねっていたのだ。 あのころは、だいぶ無茶したからな。 過去のあれこれを考えると、閃の心配も頷ける。 「あのボーヤがカワイイのはわかるけどさ。連チャンはNGだよん」 「おまえに言われなくてもわかってる」 「あらら、そう? じゃ、これは要らないかな〜」 ちらりと相棒の御影を見上げて、栗色の髪の水鏡が笑う。手元には、小さな瓶。 「なんだ、そりゃ」 「『謎屋』特製の滋養強壮剤。つっても、あっち方面で元気になるんじゃなくて、純粋に疲労回復の栄養剤よー。ボーヤに持ってってあげたらどうかなーと思って仕入れといたんだけど」 「……もらっとく」 ごそごそと懐を探る。うまく乗せられた気もするが、まあいいだろう。 「まいどー」 閃はくるりと瞳を回して、金子と引き換えにその薬瓶を剛に渡した。 西町通りの家は、ひっそりとしていた。 剛の情人である黒髪の少年は桐野財団の総帥の義弟で、いまは財団の事務を手伝っている。定時に終わるとしても、まだ一時間は帰ってこないだろう。もしSPの仕事なら、徹夜ということもありうる。 例によって、剛はなんの連絡もせずにやってきた。待つのは承知の上だ。 剛はすたすたと中に入り、台所に向かった。とりあえず、一杯やろう。あの少年のことだ。酒やちょっとしたつまみぐらいは、いつでも用意してあるはず。 がさごそと水屋を探る。と、そのとき、なにやら座敷の方でものが倒れる音がした。 なんだ? 警戒体制をとろうとして、剛はそれが自分のよく知る人物の気配であると気づいた。常になく弱々しい「気」。剛はそっと部屋の中を窺った。 「……剛さん」 声のする方を見遣る。衣桁の横に、黒髪の少年がうずくまっていた。あわてて中に入る。 「おい、どうした」 肩を支えて抱き起こす。少年はゆるゆると顔を上げた。 「すみません。来てらしたのはわかってたんですけど、起きられなくて……」 どうやら、いままで横になっていたらしい。無理して起き上がって目眩でもおこしたのか。 「んなこたぁいい。それより、どうしたんだ?」 再び問うと、少年は困ったような顔をして、 「ちょっと……オーバーワークだったみたいで」 「オーバーワーク?」 「前に剛さんが帰ったあと、財団の方で厄介なことが起こって、兄さんに呼ばれたんです。それで……」 財団の厄介事。元「御影」のこの少年が駆り出されたとすれば、いろんな意味でハードな仕事だったんだろうな。剛は納得した。 「そりゃあ……大変だったな」 そういうことになると知っていたら、もう少しやりかたを考えるんだった。前回のあれこれを思い出す。 翌日は休みだと聞いていたので、久しぶりに酒を飲ませてしまった。それも、龍舌蘭で作った蒸留酒を。自分は朝食を済ませてすぐに御影宿舎に戻ったが、あのあと招集がかかったとすると、アルコールの影響(と、様々な行為の影響)が残ったままの体で財団に出向いたことになる。 「まあ、無理すんな」 「でも……」 「晩メシなら、あとで適当に買ってくる」 そうだとも。自分のことはどうとでもなる。 「それより、おまえ、医者には行ったのか」 「え、いいえ」 きょとんとして、少年は答えた。 「ただの疲れですし、寝れば治りますから……」 よく言うぜ。この時間になっても起き上がれなかったってえのに。 あいかわらず、自分のことは二の次三の次だ。このぶんだと、まともにメシも食ってねえな。剛はため息をついて、少年を蒲団に戻した。 「んじゃ、もうちっと寝てろや」 そう言って、ふとポケットの中のものを思い出す。閃に売りつけられた「謎屋」の滋養強壮剤。アレ方面の作用はないと言っていたが、大丈夫だろうか。 いくつかの薬草の名が書かれたラベルを確認する。よし。とりあえずこれを飲ませておこう。 剛は少年を抱きかかえ、瓶を口元に寄せた。問いかけるような瞳で、少年が見上げる。 「栄養剤だ」 説明に安堵したのか、素直に液剤を飲む。こくりと喉が動いた。 いつもならそれだけで体が目覚めるのだが、さすがに今日はまずい。ありったけの理性をかき集めて、少年から離れた。 「メシ買いに行ってくる。なんか食いたいもんあるか?」 「べつに……」 言いかけて、語を止める。 「ん? なんだ?」 「あの……甘い卵焼きが食べたいです」 「甘い卵焼き?」 「はい」 そんなモン、売ってるかな。まあ、あの食堂の女将に頼めば、作ってもらえるかも。 剛は軍務省近くの食堂の女将の顔を思い浮かべた。早くに亭主を亡くし、女手ひとつで三人の子を育て上げたという女将は、常連客のリクエストならメニューにないものでも作ってくれる。 「わかった。じゃあな。ちゃんと寝てろよ」 言い置いて、部屋を出る。 なんだか妙な成りゆきになっちまったが、仕方ない。弱った相手をあれこれするのも楽しいが、それではますます回復が遅れてしまう。休暇はまだまだあるのだ。いまはきっちり休ませて、あとでゆっくり……。 不埒な思考を編みながら、馴染みの食堂へと向かう榊剛であった。 おしまい。 |