「愛のもしも??劇場 -榊剛の場合-
by近衛 遼


その13

 師走も半ばを過ぎて、都大路はますます賑やかだ。忙しそうに行き交う人々の合間をぬって、榊剛は西町通りの家へと向かっていた。
 手には、鴨の薫製と冰の国の吟醸酒。これでとりあえず、あいつが晩飯の支度をしているあいだの繋ぎにはなる。われながら意地が悪いとは思うが、連絡を入れずに訪れたときの、驚いた顔や慌てた顔がなんともかわいい。
『すみません、剛さん。すぐに用意しますから』
 元「御影」で、いまは剛の情人である黒髪の少年は、そう言って台所に向かう。感心なのは、いつ行ってもなにかしらメインになる食材がキープしてあって、一時間あまりのあいだに三、四品の料理が膳に並ぶという点だ。
 ああいう心遣いをされると、こっちもそれなりに土産のひとつも持っていきたくなる。今回の土産は、夏氏領近くで行商人から買った絵皿だ。深みのある藍色で絵付けされたその皿は、台の国のさらに西、大燕国の品らしい。
 今日はこれに、焼魚でも乗っけてもらうかな。そんなことを考えながら、剛はゆるゆると大路を歩いていった。


 玄関を開けて、声をかける。
「よお。いねえのか?」
 いらえはない。鍵はかかっていなかったが、外出しているのだろうか。
 用心しつつ、しかし気配は消さずに奥へ進む。以前、夜中に帰ってきたとき、襖の陰から手刀をお見舞いされたことがあったから。
 寝室になっている座敷の前で、剛は足を止めた。奥からごそごそと音がしている。なんだ。いるんじゃねえか。だったら返事ぐらいしろって。
「おい、入るぞ」
 一応、声をかけてから襖を開けた。
「あ、剛さん……」
「……なにやってんだ、おまえ」
 剛は目を丸くした。そこには、胴体に綿毛布やバスタオルを巻き付けた少年。
「え、あの、これは……」
 少年は顔を真っ赤にした。わたわたとタオルや毛布を引き剥がす。
「すっ……すみません。見苦しいところをお見せしてしまって」
「いや、べつに、いいけどよ」
 とりあえず、そう言う。
「けど、なんだってこんなこと……」
「今日はクリスマスなので」
「はあ?」
 クリスマス。それが西方の救世主の誕生を祝う祭りだというのは、剛も知っている。このごろは和の国でも、その祭りに合わせて催しをする商店や施設が増えた。剛としては、異国の祭りに便乗して商売人が金儲けをしているとしか思えないが、そのおかげで年末から年始にかけて都大路が活気づくのだから、まんざら悪いことでもないのだろう。
「それとこれと、なんの関係があるんだ」
「じつは今日、『めぐみの森』でクリスマス会があるんです。それで、サンタクロースの格好をした人が子供たちにお菓子を配ることになってたんですが、今朝、急な病気で入院してしまって……。代わりの人が見つからないので、おれがサンタクロースの役を引き受けたんです」
 こいつがサンタクロース、ねえ。代役にしたって、ミスキャストもいいとこだぜ。
「で、この毛布やタオルは?」
「サンタクロースの衣装が、おれには大きすぎるんですよ。でも、手直しする時間もないんで、こうやって毛布を巻いたりタオルで補整したりして合わそうと思って」
 恥ずかしそうに、少年は言った。
 なるほどねえ。それで、声をかけたのにも気づかなかったわけか。剛はため息をついた。こいつもいろいろ、大変だよな。なまじあれこれできるだけに、都合よく使われてしまうのだろう。頼まれたら嫌とは言えない性格も災いしているのかもしれないが。
「それってのは、ガキどもに菓子配るだけでいいのか?」
「え? はい。そうですけど」
「だったら、俺がやってやるよ」
「剛さんが?」
 少年は目を丸くした。
「でっ……でも、剛さん、任務明けで疲れてるのに……」
「ひとりで飲んでたって、つまんねぇしよ。どうせそんなに遅くならねえんだろ?」
「はい。『めぐみの森』の消灯時間は午後九時ですから」
「じゃ、それが終わってから晩飯にすりゃいいじゃねえか」
 剛は酒瓶と鴨の薫製を座敷机に置いた。なおもまだ、なにか迷っているような少年の手から、真っ赤な衣装を奪い取る。試着してみたところ、まるであつらえたようにぴったりだった。
 御影本部のやつらにゃ、見せられねえな。とくに閃には。
『剛ちゃんてば、赤いのも似合うのね〜』
 にやにやと笑いながら、口止め料をしぼり取るに決まっている。
「剛さん」
 少年が、そっと剛の手を取った。
「ありがとうございます。今日は、おれ……」
 そっと囁かれた内容に、剛はごくりと唾を飲み込んだ。
 ……それなら、毎年このド派手な衣装を着てもいいかも。
 とことん不純なサンタクロースは、その日、ポケットマネーで「八花亭」のチョコと「一文字屋」のせんべいを買い込んで、「めぐみの森」の子供たちに配りまくったという。

 篤志家・榊剛の真実を知る者は、だれもいない。

 おしまい。