「愛のもしも??劇場 -榊剛の場合-」
by近衛 遼
その11 榊剛は国境近くでの任務を終え、家路を急いでいた。 このまま都に直行すれば、なんとか今日中に西町通りの家へ帰り着けるだろう。復命は「対」の男に任せてある。だいぶ手間賃を取られたが、それも仕方ない。 今日はあいつの誕生日だ。黒髪黒眼の、元「御影」。いまは剛の情人でもある少年は、赤ん坊のころに森に捨てられたのだという。 「だから、本当の誕生日ってわからなくて……。でも、桐野の両親が『それなら、うちに来た日を誕生日にしよう』って言ってくれたんです」 前回の逢瀬のとき、少年はうれしそうにそんな話をした。 「それから毎年、お祝いしてもらって……今年は兄さんが仕事で涼の国に行くので、みんなで集まるのは無理みたいなんですけど」 その日だと、次の任務が終わっているころだ。が、御影の仕事は予定通りにいくとは限らない。曖昧な約束はできねえな。そう思って、なにも言わずに御影本部に戻ったのだが、これならどうにか間に合いそうだ。 十三夜の月があたりを照らす。その月影の中を、剛はひたすらに走った。 西町通りの外れにある小さな家に着いたのは、日付が変わる直前だった。 当然ながら、もう明かりは消えている。剛は玄関の鍵を開けて、中に入った。ひっそりとした廊下を奥へと進む。寝室になっている座敷の前まで来たとき。 ガタン! 急に襖が開き、手刀が飛んできた。ぎりぎりのところでそれをかわす。人影が脇に動いた。さらに二打目が、下方から喉元を狙って繰り出される。その手をぱしっと横に払い、 「待て、俺だ」 低い声で言う。 「え……」 張りつめた「気」が、瞬時にゆるんだ。 「ご……剛さんっ……あ、あの、おれ……すみません。てっきり泥棒かなにかだと思って……」 「ああ、悪ぃ。現場から直行したからよ。気配消したまんまだった」 剛は部屋の明かりを点けた。少年は申し訳なさそうな顔で、こちらを見上げている。 「本当に、すみません。いくら気配を消してたからって、剛さんのことがわからなかったなんて……」 「いいっていいって。俺も、黙って来たのが悪かったんだしよ」 剛はぼりぼりと、頭をかいた。あらかじめ、遠話ででも連絡入れときゃよかったよな。今日中に帰ることばかり考えてて、すっかり忘れてた。 「それより、ほら、これ」 剛は懐から、小さな紙包みを取り出した。少年はそれを受け取り、 「なんですか?」 「誕生祝いだ」 「えっ……」 「たしか、今日だっただろ。……つっても、もう日付、変わっちまったかな」 ちらりと時計を見遣る。五分前。なんとかセーフだな。 「剛さん……それじゃ、このためにわざわざ……」 黒目がちの眼を見開いて、少年は言った。 「言っとくが、たいしたモンじゃねえぞ。台の国との国境付近なんざ、辺境もいいとこだからな」 少年はぐっと唇を結んだまま、がさがさと包みを開けた。中には、石でできた花のようなもの。 「『砂漠の薔薇』とか言ってよ。持ってると運がよくなるらしいぜ。ま、物売りのおやじが言うことだから、あんまりアテにはできねえけどよ」 「剛さん……」 少年はその石を握り締めた。 「ありがとうございます。本当に、うれしいです」 そう言って、ふと横を向く。 「あ、でも、今日はおれ、なんにも用意してなくて……。いまからなにか、つまみになりそうなもの作りますね。お酒は、このあいだ買ったのがまだありますから……」 あわてて台所に向かおうとする少年の腕を、剛はがっしりと掴んだ。 「いらねえよ」 酒も、食い物も。それよりも、いまほしいのは。 剛は、少年を夜具の上に倒した。 翌朝。 榊剛は軍務省近くにある食堂に、握り飯を買いに行った。 「じゃ、味噌汁はこっちの水筒に入れとくからね。器はあとで、洗って持ってきとくれよっ」 食堂のおかみは、いつも通りの元気な声でそう言った。 握り飯十個と漬物と味噌汁。それに昨日の残り物だというキンピラや高野豆腐などを分けてもらい、西町通りの家に戻る。 少年はまだ眠っていた。枕辺では、「砂漠の薔薇」が朝日を受けて輝いている。 剛は昨夜のあれこれを思い出しつつ、少年が目覚めるのを待った。 おしまい。 |