「愛のもしも??劇場
-榊剛の場合2-
by近衛 遼


その9 如月水木の注文

「おまえ、ものには限度ってもんがあるぞ」
 とうとう、榊剛は言った。東町通りの古い貸家。剛が贔屓にしていた色子を囲うために借りた家である。
「なによー、そんなコワイ顔して」
 ふてくされた様子でそう返したのは、その元色子の咲夜ではなく、金茶色の髪の少年だった。彼の名は如月水木。現役の「御影」で、剛の情人でもある。
「ただでさえ恐いカオしてんだからさー。もうちょっと愛想よくできない?」
 この状況で、どう愛想よくしろってんだ。剛は眉間に深くしわを刻んだ。
「ここは、俺の家だ」
「わかってるよん」
「だったら、勝手に上がり込んで飲み食いするな」
「やだなあ、人をドロボーみたいに。ちゃーんと、おにーさんに断ってるよ。ね、おにーさん?」
 くるりと薄茶色の目を台所に向ける。そこでは咲夜が、お茶受けの大学芋を作っていた。
「はい。私の都合が悪いときには、すぐにお帰りになりますよ」
「ほーら、ね?」
 にんまりと、水木。こいつら、馴染みすぎだ。剛は自棄になって、目の前に置かれた茶を一気飲みした。
 だいたい、どう考えたっておかしい。こいつら、ふたりとも俺とデキてんだぞ。ぶっちゃけ、本妻と愛人の間柄なのだ。どっちが「本妻」かと訊かれたら、答えに窮するが。
 そのふたりが、どうしてこう、まったりゆったり和やかに世間話なんかしてられるんだ。しかも、俺を蚊帳の外にして。
 咲夜が東町通りの家に住むようになってから、水木はときおり、任務帰りなどに遊びに来ているらしい。仕事を早く済ませても、特別手当や休暇が出るでもなし、すぐに次の仕事を振られてしまう。それぐらいなら、期限ぎりぎりまで都で遊んでから帰ろうというのが水木の考えだった。
 現在、水木には「対」はいない。これは希有なことだったが、波長の合う水鏡が見つからないのだから仕方ない。結局、ひとりで御影と水鏡の両方の仕事をこなし、上層部からもそれなりの評価を受けていた。
「オレだって、べつに入り浸ってるわけじゃないんだからさー。そんなに目くじら立てないでよ」
「よく言うぜ。俺よりおまえの方が、ここに来てる回数、多いんじゃねえか?」
「え、もしかして妬いてんの?」
 面白そうに言って、
「ねえねえ、おにーさん。剛ったら、拗ねちゃってるよん。どーする?」
 ぴょこぴょこと台所に入って、揚げたばかりの芋をつまむ。
「うわ、あっつーい」
「行儀が悪いですよ」
「あ、ごめん〜」
 思いっきりホームドラマな会話が続く。
 やっぱり、おかしいぞ。剛は何度目になるかわからないため息をついた。
 そりゃ、情人ふたりが火花を散らしてやりあうなんて修羅場は遠慮したいが、これはこれで空恐ろしいものがある。いつか、とんでもないことにならなきゃいいんだが。
 そんな剛の心配を余所に、水木と咲夜は大学芋にからめるシロップを三温糖にするか蜂蜜にするかで、あれやこれやと話し合っている。どうやら、水木の意見が通ったらしい。
「できたら、レンゲの蜂蜜がいいんだけどなー」
 細かい注文をつける水木に、咲夜は「今日はこれで我慢してください」と受け流している。
 馴染んでるというより、なついてるって感じだよな。まあ、どっちにしたって異様な状況であるのには変わらないが。

 榊剛の困惑は、まだまだ終わりそうにない。


   おしまい。