「愛のもしも??劇場
-榊剛の場合2-
by近衛 遼


その7 如月水木の保養

「なっ……なんで、おまえが……」
 榊剛は、東町通りの家の玄関で固まった。
「なんでって、遊びにきてんのよ」
 如月水木は、あたりまえのようにそう言った。
「なに突っ立ってんの。早く上がったら?」
「……ここは俺の家だぞ」
 厳密に言うと、咲夜のために借りた家だが。
「あ、そうだっけ。まあ、そんな細かいことはどうでもいいじゃん。いま、おにーさんが晩ごはん作ってるからさあ。一杯やって、待っていようよ」
 真剣に、だれの家かわからなくなってきた。だいたい、なぜ恋敵ともいうべき咲夜のところに、水木がいるのだ。しかも思い切り馴染んでいる。
 水木は勝手に水屋から盃と酒を取り出し、さらには「つまみ、ある?」などと台所に立つ咲夜に声をかけた。咲夜が何事か小さく答える。水木は「はいはーい、ミックスナッツねー」と流しの横をごそごそと探って、「あったあった」とピーナッツやカシューナッツなどの入った缶を手にして、卓袱台の前に戻ってきた。
「もー、どうしたのよ、剛。辛気くさい顔しちゃって。せーっかく『両手に花』で迎えてあげてんだから、もうちょっとうれしそうなカオしなさいよね」
「両手に花って、おまえなあ……」
 いい加減にしろと文句を言いかけて、ふととなりの部屋を見遣る。そこは箪笥部屋になっているのだが、やたらとたくさんの紙袋やら包装紙に包まれた箱やらが山積みになっていた。どれもこれも、都で一、二を争う名店の銘が入っている。
 剛はじろりと水木を見た。
「あれは、なんだ」
 咲夜はそれほど物欲のない方だ。対して水木は、新しいもの好きで流行りもの好きで、話題の品と見るや買わずにはいられない性格だった。
「なにって、今日はおにーさんと一緒に買い物に行ったのよ。で、荷物持ってくれるって言うから、つい買いすぎちゃって……」
 なにが「つい」だ。最初から咲夜を荷物持ちに使うつもりだったくせに。
 しかし、「今日は」だと? こいつ、いったいいつからここにいるんだ。剛がそれを訊くと、
「三日前からだよん」
 しれっとして、水木は言った。
「槐の国の任務が意外と早く終わってさー。でも、御影宿舎に帰ったら、またすぐ次の仕事振られちゃうじゃん。オレだって、たまにはのんびり休みたいしねー」
 だからって、どうしてよりによってここなんだ。剛は頭を抱えた。わからん。やっぱり、こいつの思考は異次元だ。
「すみませんねえ、剛さん」
 咲夜が盆に大皿料理を乗せて、座敷に入ってきた。
「炒め物をしておりまして、手がはなせなかったものですから、このかたにお出迎えをお願いしたんですよ」
 おっとりと、咲夜は言った。
「……いま聞いたんだが」
「はい?」
「こいつが、三日も前から厄介になってるそうだな」
「ちょっと、剛。オレ、厄介なんかかけてないよー」
 横から水木が口をはさむ。
「今日は荷物持ちさせちゃったけどさ。おとといは雨樋が壊れてんの直したし、きのうは芝居見物に行ってきたのよー」
 オレのおごりで、としっかり付け加える。
「ね、おにーさん?」
 話を振られた咲夜が、困ったように笑った。
「はい。自分のぶんはお払いすると言ったんですが、受け取ってくださらなくて。それで今日、お買い物にお付き合いしたんです」
 なんとなく、この男もよくわからなくなってきたな。剛は心の中でため息をついた。
「さあさあ、料理もできたことだし、早いとこ食べようよ。あ、でもその前に乾杯ねー」
 水木は盃を剛の前に置き、酒をなみなみと注いだ。続いて咲夜に盃を勧め、
「おにーさんも、ぐーっといってね〜」
 だから、ここは俺の家だって。
 剛の心の声は永遠に届きそうにない。水木は自分の盃にも酒を満たした。
「じゃ、みんな揃ったところで、かんぱーいっ」
 水木の明るい声が、夕餉のはじまりを宣言した。


 夕餉のあと。
「オレ、3Pはヤだから」
 水木はそう言って、荷物を担いで東町通りの家を出た。
「残りは、あとで宿舎まで持って帰ってきてよね〜」
 今度は俺が荷物持ちかよ。
 げんなりとする剛の腕に、白い手が添えられた。
「まあまあ、そうお気に病まれますな」
 涼やかな笑みが向けられる。
「ご無事のお戻り、おめでとう存じます」
「ああ」
「奥へ、まいりませんか」
「……そうだな」
 こうして。ふたつの影が古い貸家の中へと消えていった。

  おしまい。