「愛のもしも??劇場 -榊剛の場合2-」
by近衛 遼
その6 如月水木の見解 「なんでそんなこと、わざわざオレに言うのよ」 美しい情人は、柳眉を寄せて剛をにらんだ。 「それも、いざこれから、ってときにさー。もしかして、オレと切れたいってコト?」 「いや、べつにそういうわけじゃねえんだが」 「じゃあ、どーゆーワケよ」 ずい、と薄茶色の双眸が迫ってきた。 「あんたがあのおにーさんを身請けすんのと、このオレと、なんの関係があるのよ」 「まったく関係ないってこともねえだろ」 「ないよー、そんなの。あんたがあんたのものをどうしようが、オレの知ったこっちゃないね」 ぴらぴらと手を振って、水木は言った。 「『もの』って、おまえなあ……」 「だーって、色子は商品でしょーが。違う?」 そりゃまあそうだが、正面切って言われると多少の抵抗がある。 「あのおにーさんのことは、剛の好きにしたらいいじゃん。それより、早いとこ始めない?」 水木の手が剛の肩にかかった。 「今度の任務、土壇場で番狂わせがあってさー。報酬が半分カットされちゃって、すんごいブルーな気分なのよ。だから……」 寝台がきしむ。水木は剛の上にまたがった。 「余計なこと、考えらんないようにしてよ」 熱い口付け。会話はそこで、吐息に変わった。 「おや、まあ、あのかたにお話しになったんですか」 一連の水木とのやりとりを聞いて、咲夜は目を丸くした。 「剛さんらしいと言えばそうですけど……お相手があのかたで、本当にようございましたねえ」 「へ? なんでだ」 「なぜって……自分が親しくしている相手が色子あがりの男を囲うだなんて、ふつうならそこで三行半を突きつけられてますよ」 それは、そうかも。だが、水木は「関係ない」と言い切った。あいつの精神構造は、いまもって謎だ。 水木は「身請け」と言っていたが、正確にはちょっと違う。 咲夜はまもなく年季が明けて晴れて自由の身となるのだが、在所に戻っても親兄弟はすでになく、このままだと店を出ても、また似たような商売を続けるしかない。とはいえ、咲夜も色子としては盛りを過ぎている。都落ちは必至だった。 この商売、昇るも地獄、落ちるのはもっと地獄である。長い付き合いの色子が格下の店に流れていくのを見るのは忍びなかった。それゆえ、自分が面倒を見たいと申し出たのだ。 最初のうち、咲夜はこの話に乗り気ではなかった。が、何度か通ううちに、ようやく承諾してくれた。 「ところで、剛さん」 咲夜は畳の上に、錦紗の包みをそっと差し出した。 「なんだ?」 「お預かりしていたものです」 「なにかおまえに預けてたかな」 覚えがない。剛は包みを開けた。 「これは……」 そこには、金貨が何枚も積まれていた。 「剛さんがおいでになるたびに、余分に置いていってくださった花代です」 剛には特殊な性癖があった。それゆえ、いつも傷跡が消えるまでの保障として数日分の花代を払っていた。 「余分って、おまえ、跡が残ってるうちは客を取れなかっただろうが」 「はい。でも、それはだんなさんが特別手当という形で休みにしてくれましたから」 どうやら、春宵亭の主人は咲夜を剛にあてがうことで、ほかの色子に傷をつけさせないようにしていたらしい。そして咲夜には、剛が余所に目移りしないようにしっかり相手をするよう言い含め、そのかわり、いわゆる有休休暇を優先的に与えていたのだ。 「ですから、これはいただくわけにはまいりません」 「咲夜……」 「剛さんが『上がり』にいらしたらお渡ししようと、ずっと思っておりました」 「上がり」とは花街の隠語で、最後の登楼のことだ。 「けれど、年季が明けるまでこうして通っていただけるとは……私は果報者でございます」 すっ、と手をつき、頭を下げる。 「どうか、お納めください」 剛は金貨を見つめた。一旦はこいつにやった金だ。が、それを言っても、咲夜は承知しないだろう。 剛は金貨に手をのばした。錦紗に包み直して、懐に入れる。 「たしかに受け取ったぜ」 咲夜はほっとしたような顔で、微笑んだ。 まあ、いい。どうせ都に家を借りるつもりだったのだ。この金はそのために使おう。こいつの、新しい住まいのために。 ひと月ばかり後。都の東町通りの古い貸家に、ひとりの青年が越してきた。そこにはときおり強面の大男と、どういうわけだか、金髪の少年が出入りしているらしい。 近所の者たちは皆それぞれに彼らの間柄を推測したが、当然のことながら、真実に辿り着く者は皆無であった。 おしまい。 |