「愛のもしも??劇場
-榊剛の場合2-
by近衛 遼


その5 如月水木の確認

「剛ってさー」
 いつものごとく、それなりに熱い行為のあと。如月水木は寝台に寝そべったまま、となりにいる情人を見上げて言った。
「もーっと派手に遊んでんのかと思ってたけど、そうでもないのね」
 いたずらを仕掛ける子供のように、薄茶色の目がきらりと光る。剛はのっそりと上体を起こし、煙草に手をのばした。
「あ、寝煙草はダメでしょ。飛沫に言いつけちゃおっかなーっ」
 一応、御影宿舎は公の建物である。防火の観点から、寝室での喫煙は禁止されていた。もっとも、そういう規則を一から十まで守っている者など、堅物の御影長以外にはいないだろうが。
「んもー、面白くないなー。そこで『やれるもんなら、やってみな』とか返してくんないと」
 勝手に台本を作っている。剛は水木のあごに手をかけた。
「『やれるもんなら、やってみな』」
 薄く笑みの形を作る唇に口付ける。深く、浅く。その内部と輪郭を味わってから、ゆっくりと顔をはなした。
「はーい。よくできました」
 十ちかくも年上の男に対して、水木はあやすようにそう言った。ごろりと横に転がり、
「なーんてこと、やってもらってんの?」
「……どういう意味だ」
「とぼけたってムダだよん」
 くすりと笑って、続ける。
「きのうさー、オレ、行っちゃったんだよね」
「行ったって……」
「『春宵亭』。いやー、あやうくスカウトされるとこだったよ〜。ま、オレみたいに顔もカラダも頭もいけてるやつなんて、そうはいないからわかるけどね」
 春宵亭だと? なんでこいつが、あそこを知ってる。それにスカウトって……あの店は色子宿だぞ。そりゃまあ、こいつなら一発で売れっ子になるのは間違いないが。
 思考が混乱している。剛は大きく息をついた。
「おまえ、どうして……」
「閃に聞いたのよ」
 水木は剛の「対」の名を出した。閃は御影内の情報通で、お遊び関係のなんでも屋的な存在である。
「あんたのことだから、あちこちで武勇伝かましてんだろうなーと思ってさあ。そしたら、ここ何年かは馴染みはひとりだって言うじゃない。なーんか、どんなヤツだか見てみたくなって」
 たしかに、ときおり御影宿舎の新入りを「味見」するか、任務帰りに他国の花街で息抜きをする以外はそっち方面の遊びはしていなかった。嗜好が特殊なだけに、だれでもいいというわけにはいかないし、責められて悦ぶような相手では物足りない。基本的に「陥とす」過程を楽しむ傾向にあるので、勢い、相手は限られていた。
「ちょっと年増だけど、いいカンジよね」
 うんうんと頷きつつ、
「今度、また行こっかなー」
「おい、おまえ……」
 なに考えてんだ。思わず背中が寒くなる。こいつ、まさか……。
「あ、剛ってば。いま、えっちな想像したでしょー」
 心底おかしそうに、水木は笑った。
「心配しなくても、オレ、あのおにーさんと床入りなんかしてないよん。ただ、あんたのあーんなコトとかそーんなコトとか聞いただけ」
 ……その方が恐いかも。
 咲夜のことだ。滅多なことはしゃべっていないのはわかっているが、相手は水木。ちょっとした言葉の端々から、あれやこれや推測しているかもしれない。
「あれえ、どしたのよ」
 自分が投げかけた波紋にまったく気づかず(もしくは、気づかぬふりをして)、水木は剛を覗き込んだ。
「なーんか、クラい顔しちゃってさあ」
 だれのせいだと思ってる。剛は水木を組み敷いた。このままじゃ眠れそうにない。
「剛?」
 尻上がりの声。剛はそれを、承諾と受け取った。


「とにかく、楽しいおかたでございましたねえ」
 後日。春宵亭の一室で、咲夜は水木の印象をそう語った。
「打てば響くとでも申しましょうか、才色兼備でいらして……剛さんがご執心なさるのも、さもありなんといったところですね」
 にこにこと、言う。まったくいやみのない、おだやかな口調で。
 結局のところ、水木と咲夜のあいだでどんな会話がなされたのか。それを剛が知ることは、ついになかったという。


  おしまい。