「愛のもしも??劇場
-榊剛の場合2-
by近衛 遼


その4 如月水木の挑発

「あのさあ、剛」
 とある夜。如月水木は寝台の上で言った。
「今日は縛ってもいいよ」
 けむるような瞳で見上げられ、榊剛は固まった。頭の中で組み立てたシミュレーションががらがらと崩れていく。
 縛ってもいい、だと? なにを考えてやがる。
 剛には、相手を緊縛して犯す性癖があった。関係を結んだ当初は水木にもそれなりの思惑があったので、その類のプレイをしていたのだが、最近はごくノーマルな(といっても、結構濃密な)行為が続いていた。
「どしたの?」
「まじかよ」
「オレはいつだって、マジだよん」
 にんまりと笑って、水木は剛の首に腕を回した。
「仕事も遊びも、マジでやんなきゃつまんないじゃん」
 遊びも、ねえ。てことは、あのテの遊びもやってみる気になったってことか。
 剛としては、願ったりかなったりだった。もう一度、こいつを責めることができるとは。
「んじゃ、まあ、お言葉に甘えてやらせてもらうかな」
「言っとくけど……」
「痛いのは嫌なんだろ」
「わかってんなら、いいよ」
 深い口付けが、始まりを告げた。


「こう申してはなんですが」
 きれいに流し目を送りつつ、咲夜は馴染み客の盃に酒を注いだ。
「お相手のかたは、剛さんより役者が上でございますねえ」
「んなこたぁ、わかってるよ」
 むっつりとした顔で、酒を飲み干す。空になった盃には、すぐにまた酒が満たされた。
「で、どうなさるおつもりで?」
「なにが」
「あの方法では、最後までなされなかったのでしょう? 宗旨替えでもなさいますか」
 そうだ。結局、自分は行為を終結できなかった。いまだになぜかはわからないが、事実は事実だ。
『縄、解いて』
 怒りにも似た声。
『このまんまじゃ、やってらんないよ』
 戒めを解いたあと、水木は剛の上で言った。
『責任、とってもらうからね』
 そのあとは水木の主導で事は進み、なんとかゴールに辿り着いたのだった。
 水木としては、剛があっちの趣味を抑えて自分との関係を維持しているのだと思って、たまには相手に合わせてやろうと考えたらしい。
『せっかくオレが出血大サービスしてんのにさー。剛ってば、もう枯れちゃったの?』
 散々なことを言われたが、甘んじて受けるしかなかった。
「仕方ありませんねえ」
 じっと黙ったままの剛の腕に、咲夜は手入れの行き届いた手を添えた。
「今宵は、以前のようなやりかたで」
「咲夜……」
「最後まで、お供いたしますよ」
 旧知の色子が真摯な瞳を向けている。剛は盃を膳に戻し、咲夜の腰を引き寄せた。


 以後。如月水木は榊剛にその種の誘いをすることはなくなった。が、ときおり互いの部屋を行き来しては、ノーマルな(しかし、かなり濃厚な)関係を結んでいるらしい。
 その陰に、とある人物の存在があったことは言うまでもない。


 おしまい。