「愛のもしも??劇場 -榊剛の場合2-」
by近衛 遼
その3 如月水木の脅迫 「ヤるのは、べつにいいけどさ」 御影宿舎の東館。夜半に私室に訪ねてきた男に向かって、如月水木は薄茶色の目を細めた。 「よくしてくんなきゃ、殺すよ」 手には愛用の小柄。 「契約は、もう終わったんだから」 「ああ。よくしてやるよ」 榊剛はゆったりと答えた。 「ふーん。たいした自信じゃない」 小柄を鞘に戻す。 「幻術とか薬とか使うのはナシだよ」 「んなこたぁ、しねえよ」 だれがそんなズルするかよ。 「だったら、まあ、あんたには世話になったし」 水木は寝台に向かった。 「もう一回ぐらい、付き合ってもいいよ」 金茶色の髪をかきあげて、言う。剛はその手を掴み、そっと口付けた。 「おや、まあ」 老舗の色子宿の一室。先だって三日続けて剛の相方を勤めた色子が、驚いたように目を見開いた。 「どうなさったんです、剛さん」 「どうって……来ちゃいけねえのかよ」 俺は客だぞ。しかも、馴染みの。 「いいえ。でも、こんなに早くおいでになるとは……まさかとは思いますが、お相手とうまくいかなかったので?」 「へ?」 「もしそうなら、私の力不足でございました。なんとお詫び申し上げていいか……」 「おい、咲夜(さくや)」 剛は色子の名を口にした。むろん源氏名であるが。 「そっちの方は、うまくいった。安心しろ」 そうだ。しっかりばっちり、うまくいった。水木はあの日、剛とともに終焉を迎えた。そしてその後、新たに「次」の約束をしたのだ。 『時間が合えば、また遊ぼっか』 いたずらっぽい瞳を向けて、水木は言った。例によって「次」がいつかはわからないが、少なくとも「契約」ではない関係がスタートしたのはたしかだった。 「それは、よろしゅうございました」 ほっとした顔で、咲夜は微笑んだ。 「卑小な身ではございますが、お役にたててうれしゅうございます」 咲夜は酒の用意を始めた。剛好みのやや辛口の吟醸酒である。 「剛さんにはたいそう可愛がっていただきました。今宵は私がご招待いたしますから、どうぞゆるりとなされて……」 「なんの話だ?」 いつもとは違う咲夜の様子に、剛は眉をひそめた。 「え、なにと仰せられましても……今日は『上がり』においでになったのでは……」 「上がり」とは馴染み客が最後の登楼に来ることで、花街の妓楼などでは座敷を全部買い切って大盤振る舞いをするのが慣例であるらしいが、色子宿では逆に、色子が自腹を切って客をもてなすのが通例となっていた。 「んなつもりは、ねえよ」 「でも……」 「咲夜」 「はい?」 「ものは相談だがよ」 「はあ」 「××んときは、どうすりゃいいんだ?」 「……………」 咲夜は、まじまじと馴染み客の顔を見つめた。 「それは……その、ここでは、ちょっと……」 「……だよな」 剛は酒を飲み干した。 「んじゃまあ、あっちでゆっくり説明してくれ」 奥の間を目で指す。 「お望みのままに」 涼やかな声で、咲夜は答えた。 その後も、榊剛はおよそ月に一度の割合で色子宿に通った。それは、咲夜の年季が明けるまで続いたという。 おしまい。 |