「愛のもしも??劇場 -榊剛の場合2-」
by近衛 遼
その2 如月水木の暴言 「ヘタクソ」 御影宿舎の東館。榊剛の私室の寝台の上で、如月水木は言い放った。 「もしかして、体だけイカせりゃいいって思ってない?」 縄の跡をさすりながら、ねめつける。天国から地獄に突き落とされた心地で、榊剛は美しい情人を見つめた。 ふたりが褥をともにするようになって、ふた月あまり。それまでのパトロンと縁切りしたいという水木の申し出を受ける形で始まった関係ではあったが、それなりに楽しくやってきたつもりだった。が。 「そろそろ、おしまいにした方がいいかもねー」 水木はさっさと身仕度を整え、寝台から降りた。 「ま、おかげで助かったよん。いままで、ありがと」 ひらひらと手を振って出ていく。剛はそれを、見送ることしかできなかった。 「いきなり、なにを言い出すかと思えば……」 馴染みの色子が、くすくすと笑って語を繋げた。 「剛さんにも本命が現れたってことですか」 「……笑い事じゃねえよ」 むっつりとして、剛は空になった盃を差し出した。色子がそれに酒を注ぐ。 「この年まで『ヘタ』だの『テクが足らない』だの言われたこたぁねえんだぜ。それが……」 「私なんぞが言うことじゃございませんがね」 色子は銚子を膳に戻した。 「剛さんは、ご自分に正直すぎるんですよ」 「正直すぎる?」 「ご自分のなさりたいようになさって、それをまるごと肯定して。そんな御仁に付き合えるのは、私どものような商売のものか、剛さんにぞっこん惚れてる人だけですよ」 この色子は剛の性癖を熟知していて、体に傷跡が残るあいだの花代を保障してくれればという条件で、ここ何年か剛の相方を勤めている。 「でも、まあ、ようございました。お相手のお気持ちを斟酌なさる度量をお持ちになったんですもの。これでますます、男振りが上がりますよ」 「おだてられても、嬉しかねえよ」 「はあ。それは困りましたねえ」 色子は剛の肩に身をもたれさせた。 「じゃあひとつ、お試しになればいかがです」 「試す?」 「私を、悦ばせてくださいな」 「なんだって?」 客が色子を悦ばせてどうするよ。そう思っていると、 「もし剛さんが私を夢中にできたら、きっとそのお相手も満足なさると思いますよ」 嫣然と色子は微笑んだ。 たしかに、それはそうかもしれない。なにしろ、こいつはプロだ。 「……やってみるかな」 「いつもの方法で?」 「いや……アレだけで」 「かしこまりました」 色子は膳を引き、閨へと向かった。 その後。 榊剛は三日続けて、その色子宿に通った。四日目の夜、御影宿舎の東館の如月水木の私室を訪れた者がいたらしいが、事の顛末は………。 それは、闇の中の秘め事。 おしまい。 |