「愛のもしも??劇場
-榊剛の場合2-
by近衛 遼


その1 如月水木の選択

「ひと晩、オレを好きにしていいよ」
 夕食後。御影宿舎の渡り廊下の柱の陰で、如月水木は囁いた。
「どう?」
「で、そのかわり、俺になにをしろって?」
 榊剛は、にんまりと口の端を持ち上げて訊ねた。
 この男が、なんの魂胆もなく体をまかすはずがない。現にいま、水木が関係を持っている男たちは皆、御影本部のお偉方であったり指揮権を持つ古参の者であったりした。
「オレさー、今度、東館に移るのよ」
「へえ、そりゃめでたいじゃねえか」
 東館は御影宿舎では南館に次ぐランクの棟で、ここに入るには任務達成率が九十パーセント以上なければならない。ちなみに、剛も東館に住んでいる。
 もっとも、剛の場合は実力では南館でもおかしくないのだが、南は主に合同任務のときに指揮官になる者が住んでいる。現場で往々にして自分の判断を優先させ、上の命令を無視する剛は、南館に移るのを渋っていた。
「だから、イロイロ身辺整理をしようかなーって」
「身辺整理?」
「そ。東に行ってまで、余計なコトしたくないからねー」
 なるほど。いまのパトロンと手を切りたいわけか。
 剛は水木が相手をしている男たちの顔を思い浮かべた。御影本部に来てから一年あまり、関係が継続しているのは三人いる。
 あいつはまあ、どっちかというと水木に押し切られた感じだから問題なし。アレはちょっとうるさそうだから、いっぺんシメた方がいいな。で、あっちは後々までつきまとってくるかもしれねえから、西亢の前線にでも行ってもらうかな。運がよけりゃ生き残れるだろうし。
 そのへんの細工は、閃にやらせればいい。あいつならうまくやるだろう。手間賃はだいぶ吹っかけられるだろうが。
「で、どうなのよ。剛」
 十ちかくも離れているのに、まったくのタメ口である。剛は水木の腰に手を回した。
「一応、確認しとくけどよ」
「なに?」
「好きにしていいってことは、縛りも吊るしもアリってことだよな?」
 剛には、相手を緊縛して犯す性癖がある。
「もっちろん。ただし……」
「ん?」
「オレ、痛いのはヤだから」
「そりゃムリな注文だ」
「へーえ。あんたほどの男が、そんな素人みたいなこと言うの」
「手加減しろってか」
「ワザをきかせろって言ってんの。縄でも鞭でも鎖でも、いーっぱい跡つけていいからさ」
 水木は薄茶色の目をきらりと光らせた。
「痛くないように、して」
 跡はつけていい、か。剛は水木の意図を察して、頷いた。
 要するに水木は、自分は「榊剛のもの」だと公言したいわけだ。東館にいるとはいえ、剛は御影としてはトップクラスの実力者。在職年数が長いだけの古参連中とは違う。その剛の手付きなら、なまじな者はもう言い寄ってこない。
「まあ、一応やってみるけどよ。こっちも生身だからな。どこまでガマンできるかわかんねえぞ」
「うまくやってくれたら、もう一回ぐらい付き合ってもいいんだけどなー」
 吐息とともに、告げる。
 そりゃまた、ずいぶん張り込んでくれて。剛は金茶色の髪の男の顎を掴んだ。
「いまからで、いいのか」
「……契約成立ってコト?」
「ああ」
「なら、いいよん」
 水木はあでやかな笑みを浮かべて、剛に接吻した。


 数時間後。
「……痛いのはヤだって、言ったでしょーが」
 東館の一室。肩で息をしながら、水木は剛をにらんだ。
「テクが足んないんじゃないの? 少しは勉強したらどうよ」
 さっきまで、さんざん喘いでいたのはそっちなんだけどな。
 縄を解きながら、剛は心の中で呟いた。だいたい、あんなに責めたってえのに、この憎まれ口だ。実際はそれほどダメージを受けていないと思うのだが。
「それにしても、見事にくっきり痣になったねー」
 体を浄め、寝台に寝そべった状態で、水木はくすくすと笑った。
「ちょーっとイタかったけど、ま、おおむねオッケーかな」
「そりゃどうも」
 こっちも、おおむね……いや、結構かなり、ハイレベルでオッケーだった。できればもう一度、と思うが、その選択権は水木にある。
「今度は、痛くない方法、考えといてよ」
 寝台に突っ伏したまま、金髪の男が言う。剛は思わず、口元をゆるませた。
 今度ってことは、次の機会があるわけだ。いつになるかはわからねえが。
 欝血と擦傷の散らばる体に毛布をかける。剛の思考すでに、「次」の場面へと飛んでいた。


  おしまい。