「愛のもしも??劇場 -榊剛の場合2-」
by近衛 遼
その18 如月水木の誘惑 「おい……」 榊剛は、自室の寝台の上で言った。痺れるような感覚が走る。 「おまえ、さっき……なんか、仕込んだだろ」 「……ん……なこと………してな……んっ」 甘い声とともに、かぶりが振られる。金茶色の髪がなまめかしく揺れて。 いつもより、かなり長くその行為は続いていた。波に乗って行き着くところまで行くかと思えば、ぎりぎりのところでかわされる。焦らされるのは嫌いではないが、これではまるで我慢大会だ。いい加減にゴールに辿り着きたいものだが。 剛はいくぶん乱暴に、体を返した。がっちりと腰を掴んで固定する。 「……っ……ああっ」 声が散る。 おまえだって、もう余裕ねえくせに。 剛は美しい情人を見下ろして、激情の限りを注ぎ尽くした。 「どうしたんだよ、今日は」 終わったあと。剛は朦朧とした状態の水木に声をかけた。 「クスリや術使うのは駄目だったんじゃねえのか」 「……なによ、それ」 だるそうに髪をかきあげて、水木は言った。 「いや、だから、今日はどうして……」 「そんなもん、使ってないって言ったでしょーが」 「え、でも……」 「ふふーん。そんなに、よかった?」 にんまりと笑って、寝返りを打つ。 「じゃ、がんばった甲斐あったなー」 「がんばった?」 「そ。あんたをオレに、夢中にさせようと思って……ね」 夢中に、だと? そんなもん、とっくの昔になってるぞ。でなきゃ、任務報酬のほとんどを鳳凰堂をはじめとする都の高級品店で散財されて、黙ってるわけはない。最近はそれに加えて、賭け事の資金までこっちが出してることもあるというのに。 「そーゆー誤解をするぐらいなら、大成功だね〜」 がばりと、水木は剛にのしかかった。 「んじゃ、今日は特別大サービスデーってことで」 口付けが降りてくる。浅く、深く、何度も絡み合って……。 「ねえ」 囁く声が誘う。 「どうしたい?」 触れ合う肌が、ふたたび熱を帯びる。 「どうって……なんでもいいのかよ」 それこそ、薬でも術でも。 「んー、そうねー」 唇をずらして、水木は笑った。 「今日だけは、大目に見てあげるよ」 あとの支払いが、大変そうだけどな。 そう思いつつも、剛はその誘惑に抗うことができなかった。 その日。薬や術は使わなかったが、そのほかいろいろ……ふだんだったら速攻NGなあれこれを堪能して、剛は一夜、水木に溺れた。 そして、翌日。例によって買い物ツアーに引き回されるかと覚悟していたのだが、なぜかそれもなく。数日後、水木は次の任務へと出かけていった。 「ならば、今宵はお帰りになられませ」 水木の様子を聞いた咲夜は、銚子を膳に戻した。 「咲夜……」 元色子の青年は、てきぱきと膳を引いて帰り支度を始めた。 「夕餉のお菜(おかず)は折に詰めますね。それから、こちらのお酒はまだ封を切っておりませんので、このままお持ちください。あとは……そうですね、これは今日作ったものですので……」 レンゲの蜂蜜でからめた大学イモを鉢から折へと移す。それらを風呂敷できっちりと包んで、 「剛さん」 咲夜は、きりりと顔を上げた。 「あのかたがお仕事から戻られたとき、出迎えて差し上げてくださいましね」 そんなことは確約できない。自分にも次の任務が与えられるかもしれないのだから。だが。 「ああ。そうだな」 剛は頷いた。咲夜の心遣いが身に沁みる。 こいつら、こういうところはよく似てるよな。先日、休暇届を出しておくからと言った水木を思い出す。 「んじゃ、帰るわ」 風呂敷包みを手に、剛。 「はい。道中お気をつけて」 白く形のいい指をぴしりと付けて、頭を垂れる。道中もなにも、移動の術を使えばあっという間だが。 満天の星の下、剛は東町通りの家をあとにした。 おしまい |