「愛のもしも??劇場
-榊剛の場合2-
by近衛 遼


その14 如月水木の泥酔

「……なんだ、こりゃ」
 榊剛は、東町通りの家でぼそりと言った。
「申し訳ありません」
 元色子で、いまは剛に囲われている立場にある咲夜が、氷枕や軟膏などを用意しつつ続けた。
「お止めしたのですが、おふたかたとも、どうしてもとおっしゃって……」
「売られたケンカは買うっきゃないでしょーっっ」
 金茶色の髪の少年がガガーーッと叫んで、ふたたびどさりと夜具に崩れた。どうやら、寝惚けているらしい。
「いや、まあ、こいつはわかるけどな」
 剛はちろりと横を見遣った。げんなりと語を繋ぐ。
「なんで、じっちゃんまで……」
 となりの蒲団に寝ていたのは、剛の大叔父、土岐津千秋だった。
「昨日、このかたが土岐津さまををお連れになって、久々に夜遊びにいくという話になりまして」
「夜遊びって……」
「賭け事です」
「んで、賭場に?」
「はい」
 咲夜は水木に蒲団を掛け直し、
「賽子(さいころ)賭博専門の店だったんですが、そこはあまり性質(たち)がよくないので、おやめになるよう申し上げたのですが……」
 色子時代、馴染みにその賭場の元締めがいたらしく、咲夜はいろいろと裏情報を聞いていたようだ。
「『だったら、ガツーンと一発やってやるよん』とおっしゃって」
「で、じっちゃんもそれに付き合ったわけか」
「……はい」
 そっと襖を閉めて、咲夜は言った。
「賭場でなにか、もめ事があったらしいのですが、どうもうまく納められなかったようで」
 それはそうだろう。仮にも現役の「御影」と「元・御影」だ。いくら極道の人間であっても、一般人に手出しするのはまずい。
「結局、かなり騒いで衛士府の警備兵を呼んで、その賭場をイカサマ容疑で潰したらしいんですが」
「自分たちも、迷惑条令違反で潰れちまったわけだな」
「はあ、まあ、そんな感じです」
 咲夜は酒の用意をしつつ、苦笑した。
「私が身元引受人ということで、一旦こちらに来ていただきましたが、まさか今日、剛さんがいらっしゃるとは……。本当に、すみませんでした」
 心底、申し訳なさそうに言う。
 なに言ってんだよ。おまえのせいじゃないだろうが。剛は立ち上がった。
「行くぞ」
「は?」
「飯は、外で食う」
「え、でも……」
「こいつらは、ここに置いときゃ大丈夫だろう」
 目が覚めりゃ、てきとーにそれなりにやるはずだ。それより、いまは。
「おまえ、うなぎ、好きだったよな」
「え、あ、はい」
「んじゃ、『川瀬』に行くぞ」
「……はい。では、少々お待ちください。着替えてまいりますので」
 すばやくコンロの火を消し、奥へ移動する。
 「川瀬」は川魚が売りの老舗の料亭だ。部屋着で立ち寄れるような店ではない。
 しばらくして、咲夜がすっきりとした出で立ちで現れた。決して派手ではない。が、その匂い立つような風情は、さすがとしか言い様がなかった。幅の狭い帯には、さりげなく孔雀石の帯留め。
「お待たせしました」
「おう」
 声に、満足感が交じる。
 いびきをかいている白髪の老人と、もぞもぞと寝言をうなっている美少年を置いて、ふたりは東町通りの家を出ていった。

 おしまい。