「愛のもしも??劇場
-榊剛の場合2-
by近衛 遼


その12 如月水木の散財

「……まだ買うつもりか?」
 げんなりと、榊剛は言った。
「あったりまえだよん」
 如月水木は南町通りの高級品店をすでに五軒もハシゴしていた。剛の両手は、服や靴や鞄、さらには年代物のワインなどでふさがっている。ここまでの支払いで、剛の前回の任務報酬の半分は飛んだ。
 そりゃたしかに、あんときゃ俺もやりすぎたかもしれねえが……。
 剛は先日のあれこれを思い出しつつ、ため息をついた。けど、アレとかコレとかやってもいいって言ったのは、おまえの方だぞ。
 口に出すとさらに火に油を注ぎそうなので、心の中で愚痴る。やっぱり、途中で止めときゃよかったかな。久しぶりだったんで、つい調子に乗っちまったが……。
「剛〜、なにしてんのっ。次、行くよー」
 前方から、水木の声。
 げ。ありゃ、「鳳凰堂」じゃねえか。
 「鳳凰堂」は都で一、二を争う宝飾品店である。これで、こないだの報酬はゼロになったな。なかば諦めの境地である。
「剛ってばー」
「……いま行く」
 両手に荷物を抱えつつ、強面の古参「御影」は返事を投げた。


「まあ、それは大変でしたねえ」
 東町通りの古い貸家。咲夜は申し訳なさそうに語を繋いだ。
「私が仕立ての仕事で忙しくしていたばかりに、剛さんにはいろいろご迷惑をおかけしてしまって……」
「いや、べつに、おまえのせいじゃねえよ」
 剛は盃を空けた。すぐに咲夜が、それに次の酒を満たす。
「あいつの浪費癖はいまに始まったことじゃねえし……ああ、そうだ」
 剛は盃を膳に戻し、懐から小さな包みを取り出した。
「ほらよ」
「はい?」
 咲夜は包みを受け取った。鳳凰の刺繍が施された錦紗。
「たいしたもんじゃねえが、まあ、辛抱してくれ」
 水木が指環やら珥(みみかざり)やら釧やらを品定めしている横で、ふと目に止まった品。孔雀石の帯留めである。
「こんな高価なものを……。どうかもう、お気を遣わないでくださいな」
「いや、だから、たいしたモンじゃねえって」
 水木が買った品々にくらべれば、十分の一ほどである。それを言うと、
「値段の問題ではありません。剛さんは私に、安定した暮らしをくださいました。それで十分だと申し上げているのです。それに……」
 咲夜はくすりと笑って、席を立った。部屋の隅にある厨子から、なにやら小筥を取り出す。
「ごらんください」
 すっ、と剛の前に差し出されたそれには、見覚えのある鳳凰の文様。
「え、おまえ、これは……」
「先日、あのかたがここに来たときに、置いてゆかれました」
「水木が?」
「はい。『たーっぷり、せしめてきたよん』と言って」
 水木の口調を真似て言う。剛はあんぐりと口を開けた。
「てことは、もしかしてあんときの品物は……」
「ほかにも、鞄や西方のお酒などをいただきましたが」
 どうやら水木は、あの折に買ったものの半分ちかくを咲夜のところに持ってきたらしい。
「このことは、あのかたに口止めされておりますので、どうか剛さんも聞かなかったことにしてくださいね」
「……わかったよ」
 どうせバレるだろうが、とりあえずそう答えておく。咲夜は新しい燗の用意をすると言って、座敷を出ていった。


 それにしても。
 鳳凰の文様の付いた小筥を見下ろしながら、剛は思った。
 見事にしてやられたよな。たしかに、いつもよりハイペースで散財しているとは思ったが、まさか咲夜のぶんまで買い込んでいたとは。
 やっぱり、あいつらの関係はよくわからん。
 いつものごとくそういう結論に達し、榊剛は盃に残っていた酒を飲み干したのだった。


  おしまい。