「愛のもしも??劇場
-榊剛の場合2-
by近衛 遼


その11 如月水木の援護

「あーっ、いたいた!」
 御影宿舎の食堂を出たところで、榊剛は金茶色の髪の少年に捕まった。
「水木……」
「もしかして、いまから外出?」
「そうだけど、それがどうしたよ」
「休み、何日とってんの」
「三日だ」
 夏氏領近辺のゲリラたちを殲滅する任務についてから、定期的な休みが取りにくくなっていたのだが、やっと連休を取ることができたのだ。
「三日? んじゃ、間に合わないかなー」
 水木は親指の爪をかじりつつ、言った。
「なんの話だ」
「おにーさんとこ、行くつもりなんでしょ?」
「え……ああ、まあな」
 連休が取れたときは東町通りの咲夜の家。ふだんの任務明けは水木と夜を過ごす。それが、このところの定番になっていた。
「マズいなー。来週だったらよかったのに……」
「……だから、そりゃなんの話だよ」
 痺れを切らして、剛は訊いた。
 どういうわけか、水木と咲夜は仲がいい。いわゆる恋敵のような間柄であるのに、水木はしょっちゅう咲夜のところに遊びに行っているし、咲夜もまるで姉か母親のようにあれこれ世話をやいている。水木がこのごろ、まっとうに箸が持てるようになったのは(それまでは握り箸だった)、咲夜の指導の賜物だ。
 水木はちろりと剛を見上げた。
「……剛、おにーさんが内職始めたの、知ってるよね」
「ああ」
 剛は頷いた。
 しばらく前から、咲夜は自宅で仕立てものの仕事を始めていた。月々の手当が足りないのかと心配した剛が内情を訊ねると、
「剛さんには、十分すぎるほどのことをしていただいております」
 咲夜はにっこりと笑って、そう言った。
「けれど、なにもせずに日々を送るのは退屈で……。私にできることで、なにか実になることをと思いまして」
 咲夜は色子のころから、自分の着物は自分で仕立てるほどの腕があり、ときには春宵亭に入ったばかりの後輩の着物なども縫っていた。馴染みが付くまでの色子は、化粧代も衣装代も自腹であることが多く、結果、宿に借金が増えて、身動きがとれなくなる者もいた。そんな新人に、咲夜は布地代だけで着物をしつらえ、少しでも余計な借金が増えないようにしていたのだ。
 そんなわけで、東町通りの家に仕立て屋の看板を上げたところ、少しずつ口コミの客が増えて、いまでは常連も何人か抱えるほどになっていた。
「その仕事がさー、いま追い込みなのよ」
「はあ?」
「大口の仕事が入ったらしくてねー。オレがこないだ遊びに行ったときには、奥の八畳間と六畳間に反物やら仮縫い状態の着物やらが散乱しててさー。さすがのオレも、お茶だけ飲んで帰ってきたってワケ」
 それは、だいぶ大変なのかも。
「で、さー。オレ、おにーさんに頼まれちゃったのよ」
「なにを」
「しばらく、剛のコトよろしくって」
「はあ?」
 水木の説明によると、いま咲夜は仕立ての仕事にかかりきりで、剛が来ても十分なもてなしをすることができない。そんなところに剛を迎えるよりは、水木に任せた方がいいと判断したらしい。
「あと二、三日でカタが付くと思うんだけどねー」
 水木は指折り数えて、言った。
「ま、今回は諦めてオレに付き合ってよ」
 くるりと薄茶色の目が向けられた。
「そのかわり、あーんなのもこーんなのもオッケーだからさ〜」
 二の腕に、水木がもたれかかってきた。誘う瞳。唇はきれいに笑みの形を作っている。
「……そりゃまあ、ずいぶん豪勢だな」
「でしょ?」
 チェックメイト。
 剛は水木の腰を抱き、東館の自室に向かった。


 後日。
 自身の都合で剛の訪ないを制した咲夜は、仕立て屋の看板を外した。が、その後も仕立ての依頼はあとを絶たず、期限なしの仕事のみを受けることになったようである。


  おしまい。