残像        みなひ





ACT6

 いつからこれを望んだのだろう。
 胸の奥に隠された、ひどく生々しい欲望。
 でももう、押え込む必要はない。

   
「や、あっ・・・・」
 ぎしりと寝台が軋んだ。波打つ敷布の中で、楔が身を捩っている。
「ちはや、も、んんっ」
 上擦る声を封じた。奥に隠れた舌を捕らえる。絡めて吸い上げると、細い身体がびくりと跳ねた。片手で肩を抑え込む。中心を扱う手は、そのままに。
「は・・・やっ」
 唇から逃れた楔が、小さくかぶりを振った。甘い声。誘われるように、そこを追い上げる。
『保科楔。言っとくけど、女じゃないからね』
 初対面でそう言った。若草色の目に波打つ栗色の髪。まるで異国の人形みたいだった。
『信じないなら、試していいよ。やる?』
 整いすぎた顔から挑戦的すぎる言葉。別に疑ったわけじゃない。だけどおれは、それに腹さえ立たなかった。
『やらないよ。男だろ。わかるよ』
 あんな目をして言ってるのに、信じないわけがない。さびしくて怖くて、必死で威嚇する子猫。手を伸ばし、引っ掻かれても抱き上げてしまいそうな、そんな気持ちだったのかもしれない。
 大丈夫だよって、言いたかった。
『ぼくはね千早、早く大人になりたいんだ。誰もが認める、一人前の何かになりたい』
 時折遠くを見つめて、楔は寄せ付けない顔をした。どこを見つめていたのか、わからなかった。楔は何も言わなかったし、俺も訊かなかったから・・・。
 学び舎へ進んだときも、進路を御影に決めたときも、おれに迷いはなかった。今考えれば、それはただ、楔のそばにいたかった。それだけなのだと思う。
「ん、や・・・だ。もう・・・」
 濡れた音が続く。潤んだ瞳や腕を掴む指先から、楔が限界に近いのだとわかった。二回。三回。何かを振り払うように、楔が首を振る。構わず手を動かした。その先を欲して。
「ああっ」
 小さく声を発して、楔が高みに達した。仰けぞる背。固く閉じられた瞼。目の端に朱が浮いている。
「目、開けて」
 荒い息の耳もとで囁いた。
「開けてよ楔。おれを見て」
 間近で覗き込んでいると、しばらくして、おずおずと楔の瞼が上がった。緑の瞳が現れる。焦点の合わない目。その中に、おれが映っている。
「ずっと、こうしたかったんだ」
 心にしまっていた秘密を告げた。楔の目に、ほんのりと光が戻る。
「おれ、必死でいい友達やってた。でも、頭の中では楔を抱いてた。何度も。何度も。こんなこといけないって思ってたけど、ずっとやめられなかった」
 失うことがこわくて、とても表に出せなかった。だけどいつも欲しかった。楔に触れて。感じて。抱きしめて。もちろんそれ以上のこともして。
 その時、どうなるのか見てみたかった。楔の肌も。声も。身体も。
「本当の楔を、感じていい?」
 問われた言葉に楔の目は大きく開いた。瞳の中の光。ゆらゆらと揺れている。
「・・・・・・」
 楔は考えていた。しばらくして。
「・・・うん」
 楔は目を閉じ、こくりと頷いた。


 改めて驚く。
 自分の中に、こんな自分もいたのかと。
 貪欲で激しい獣。今、楔を貪っている。
 欲しい。欲しい。欲しい。
 どんどん欲が溢れてくる。楔は今もくれているというのに、止まらない。止められない。
 ああ、そうか。
 今まで自分をとらえてきたものに、おれはやっと気づいてしまう。
 抑え込んだのも、止められないのも、仕方がない。
 これは、恋なのだから。


「や!ちはやっ!あ!」
 しがみついてくる楔の声は、もう泣き声に近い。ひどいことをしている。自覚はある。
 おれって、ずるいやつだな。
 楔に刺さった楔(くさび)を抜き去りたいなんて、真っ赤な嘘だ。今、打ち込んでるじゃないか。
 己という名の楔(くさび)。深く楔に打ち込んで。
「千早。千早。ち、はや」
 魘されたように楔が呼ぶ。それしか言葉を知らないみたいに。だけど悪いとは思わない。むしろこの身は歓喜して・・・。
「千早っ!」
 快楽の音を聞きながら、おれは楔の深部に身を埋めた。