残像        みなひ





ACT2

 探してたんだ。
 何も言えずに離れたから。
 会って、一言謝りたかった。


 保科楔はおれと同期で御影に入った「水鏡」だった。くせのある茶髪と夏草色の目。優しく見える外見とは反して、楔は激しい気性を秘めていた。 
「ぼくは早く一人前になりたいんだ。誰もが認める『水鏡』になりたい」
 楔は「水鏡」として優れた力を持っていた。特殊だと言われるおれの気の波長に、楔は完全に同調できる「水鏡」だった。
「ぼくは千早と組みたいんだけどな。新入り同士じゃ許されないかな」
「流先輩と海瑠先輩は大丈夫だったみたいだよ。でも指導はつくし訓練あるし、細かい任務ばっかりだって言ってた。あの流先輩がよく、我慢してるよな」
「海瑠先輩がえらいんだよ。だっていつも流先輩、海瑠先輩に当たり散らしてるじゃない。だけど海瑠先輩、うまく躱してるし。ついには流先輩をうまく宥めちゃうし。あれこそ『水鏡』の鏡って感じだね」
 上総流(かずさ りゅう)先輩とその「対」、渚海瑠(みぎわ かいる)先輩はおれ達の二年上の先輩だった。流先輩は言動こそ荒いけど話してみると気さくで、その相方の海瑠先輩は博識で冷静、いつも穏やかに笑っていた。
「あの二人は特別だよ。なんせ兄弟だろ?血は繋がってないって聞いたけど」
「んー、特別ってことはないと思うな。ぼくたちと変わらないよ。学び舎の卒業試験、すっごくやりやすかった。海瑠先輩達みたいに、学び舎時代に『対』の認定試験、受けときゃよかったよ」
「うわ、こりゃ見込まれちゃったな。楔っておれの評価高すぎ」
「『御影』としての評価はね。友人としては、どうかなぁ」
「あ、それなんだよ。微妙ー」
「だって千早学科苦手だもん。なんど試験勉強、つきあわされたっけ」
「痛いとこ突くなよー。それに学科と友人関係、なんで関係あるんだよ」
「あるよ。千早が『御影』にいける点数とれるよう、ぼく頑張ったもん。なかなか覚えの悪い生徒だったからね。千早は」
「あー、ひっでー」
 おれたちは語り合った。学び舎での専攻は違ったけど、住んでる家が近かったから。楔はおれ達が暮らしていた長屋の一角に、一人で住んでいた。
「とにかくよかったよ。一緒に御影本部に来れて。やっぱり同期に一人くらい、気の合う奴が欲しいもの。千早だったら符術の話もできるし、申し分ないね」
 もともと楔と親しくなったのは、符術がきっかけだった。おれは千秋じいさんから符術の基礎を習ってたし、楔は本格的に符術が使えた。一度そっちの専門職になったらって、楔に言ったことがある。
 その時楔は一言、吐き捨てるように言った。
「ぼくは『水鏡』でいたいんだ。護国寺には、行きたくない
 ひどく冷たい口調だった。楔があまりにも張り詰めた顔をしていたから、おれはそれ以上、何も言えなかった。初めて見た、楔の負の表情だった。
「どうしようかな。こうなったらダメもとで御影長に直訴してみようかな。千早と組ませて欲しいって」
「えー、そりゃバクチだろ。下手したら『御影』やめさせられるぞ。御影長って、あの隻眼のジジイだろ」
「ジジイってまずいよ土岐津、聞かれたら大変。でも、やってみる価値はあるんじゃないかな。もし、千早と組めたらこれ以上ってないし。千早、流先輩にツナギとってもらえない?あの先輩だったら、オッケーって言いそうだな」
 配属された御影本部の北館では、毎日お互いの部屋を行き来した。不安はあるけど希望もあったあの頃。毎日ドキドキしていた。その日が来るまで。
「新人歓迎会」。
 その試練については、御影に入る前から耳に挟んでいた。新しく入った者達が、御影に順応するかどうかを見る儀式。表向きの聞こえはいいが、その実はただの私刑に変わりなかった。耐えられた者はそれなりに認められ、逃げ出した者や耐えられなかった者はただ落ちてゆく。世の裏側ばかりを見る御影では、少しくらいの「試練」ではへこたれない気力と能力が必要とされた。
「どれだけやれるか、見てやろうじゃないか」
 呼び出された部屋には、複数の男たちが待っていた。覚悟する。相手は現役の「御影」や「水鏡」たちだ。きっとボロボロにされるだろう。けれど、一矢報いてやる。そう思った時。
「千早っ!」
 部屋に飛び込んできた人物がいた。見慣れた栗色の髪。細身の身体に緑の瞳。楔だった。
「あんた達!一対多なんて卑怯じゃないか!」
「あれれ?えらく威勢がいい奴だな。オマエはこいつの後のお楽しみにするつもりだったけど、一緒にやっちまうか?」
「楔!逃げろ!」
 必死で間に割って入った。楔、おれなんてほっとけ!おまえ、なんで来たんだよ!
「千早!なんで諦めてるんだ!こんな奴らに、いいようにされないでよ!」
「わー強気。こいつ、あっちの方でいいよな?]
「もちろん。予定通りに行きましょ」
 先が見えていたことだった。おれには流先輩達みたいに、ずばぬけた能力があるわけじゃない。だから最初はどんなことでも我慢して、自分を鍛えようと思っていた。だけど楔は認めなかった。理不尽に抑え込む力に、過剰な程反応していた。
「うわっ、こいつ!へんな術使うぞ!」
「慌てんな。ありゃ符術だ。結界はって防げ。「御影」の奴は、そん中から攻撃しろ」
「千早!千早も攻撃するんだ!」
「楔っ!」
「けっこー厄介な奴だね。んじゃ、こういうのはどうかな」
 いきなり三人に囲まれた。防御する間もなく、抑えつけられる。
「千早!」
 楔の動きが止まった。
「やっぱり苦手か。まだまだ甘いよね。やれ」
「うわぁぁぁぁぁっ!」
 ばきり。
 想像以上にやな音がして、おれの左腕は肘のあたりで折られた。凄まじい痛みが襲う。転げ回って痛みに耐えた。ぐい。折れてない方の腕がとられる。
「今なら間に合うよー。こっちの腕も折ったら、こいつ『御影』の人生終わりよ。どうする?」
「構うな!楔、逃げろ!」
「あらら、こっちもまだ元気だよ。ちょっと、おとなしくさせとく?」
「やめろ!」
 手に持つ符を捨て、楔が叫んだ。だらりと腕を投げ出し、こちらに向かってくる。
「やめろ。・・・・・もう、抵抗しない」
「やめろじゃないでしょ?言い方悪いとこっちも折るよ。もっと、ちゃんとした言い方してよ」
 おれの腕をひねり上げながら、男は告げた。ぐっと、楔が唇を噛む。
「やめて・・・・ください」
「オマエも馬鹿だねぇ。なんでわざわざ助けに来たの。こいつ一人だけだったら、それなりーの傷で勘弁してたのに。そんなにこいつが心配だった?」
「・・・・・・」
「ふーん」
 覗きこむ男の目が、おもしろそうに細められた。口元が弧を描く。
「ま、どうでもいいけどさー。オレ達に吐いた暴言は、責任とらないとね」
 楔の顎がとられる。唾を吐いた楔は、次の瞬間張り倒された。がたん。床に楔の身体が転がる。男が伸し掛かって。
「楔っ!」
「大丈夫。こいつの腕は折らないよ」
 にっこりと微笑みながら、男が言った。
「別の方法でカタつけるから、そこで見ててね」
 楔の着ていた服が、音を立てて引き裂かれた。