選択   by(宰相 連改め)みなひ




ACT5

 御影宿舎食堂の奥、集合場所兼任務受付所を抜け、俺達はその奥の御影長室へと向かった。
「閃でーす。流と海瑠を連れてきましたー」
「入れ」
 短いいらえの後、俺達は御影長室へと通された。初めて入る。御影宿舎に来て一ヶ月あまり、いままで研修のみで任務らしい任務などやってなかった俺達の行動範囲は食堂止まりで、御影長室に入ることもなかった。 
「上総流に渚海瑠、じゃな」
「はい」
 現御影長と呼ばれる男は、皺深い中に鋭い隻眼をたたえた老人だった。
「流が『御影』で海瑠が『水鏡』。ふたりで『対』を申請していると聞いたが。その通りか?」
「そうです」 
「はい。『対』については学び舎時代より申請して、資格試験には合格しております」
「の、ようじゃな」
 俺達のことが書いてあるらしき書類をぱさりと机に置き、御影長は小さく息をついた。俺は眉を顰める。正規の段階を踏んで俺達は「対」を名乗っている。どうしてため息を?
「普通、『対』は経験者と組む方が多い。それは知っておるな?」
「「はい」」
「その方が早く任務を覚えるし危険率も少ないからじゃ。わかるか?」
「わかってます」
「・・・・はい」 
 俺と流の返事を聞き、御影長は再度深い溜め息をついた。学び舎の教官は大丈夫だと言っていたのだが、新入り同士の「対」など、やはり無理なのだろうか。
「怖れながら、御影長・・・・」
「それがなんなんですか?」
 戸惑いながら訊こうとした俺を遮り、流が問うた。顔はすでにムッとしている。馬鹿、今怒るな。
「自分の『対』は自分で決めます。オレは誰でもいいってわけじゃない。ちゃんと自分が認めた奴がいいんです」
「流」
「敢えてここの人と組めって言うなら、水木さんがいいです。それ以外はお断り」
「いい加減にしろ!流!」
「流ちゃーん」
 ついに後ろで控えていた閃さんが口を開いた。苦笑している。俺は背中を汗が落ちた。流のやつ、いくらなんでも御影長に立てつくなんて。
「すみませんねぇ。御影長」
「なんだよあんちゃん。なんであやまんだよ!」
「お前が悪いからだろ!」
「無茶なことを・・・・言いおるのう・・・・」
 もめる俺達を横目に、御影長の老人はぽつりと言った。こめかみに手をやっている。
「水木は任務中じゃ。それにしても、御影長を差し置き自ら『対』の者を指定するなど、ここ始まって以来の大物じゃな」
「いいじゃねぇか。経験者と一緒に組んだって、行方不明になってる奴もいる。なら、気心も実力も知れた奴がいい」
 一気に言って、流が唇をぎゅっと結んだ。御影長を睨み付ける。覚悟の見える眼差し。
 行方不明になった奴。
 流、桐野のことを言っているのか?
「二人とも学び舎での成績は学科も実技も申し分ない。資格試験の結果も満点に近い。しかし、学び舎の演習と実際の任務は違う。ノウハウもなく経験の浅さは時には命取りになろう。それでもいいのじゃな」
「かまわねぇよ。『対』は『御影』と『水鏡』のコンビネーションが一番大切。だろ?」
「いい加減にしろ!流っ!」
「あのねー、流」
「よかろう」
 俺と閃さんの言葉を遮り、御影長は告げた。驚いた俺は振り向く。老人の隻眼が見据えていた。
「ここで生き抜くには、その位の意志の強さも必要かもしれぬな。好きにするがよい。閃、面倒をみてやれ」
「ええっ、おれですか?」
 大きな目を更に大きく開けて、閃さんが言った。
「この小僧、おぬしと同郷じゃろう?」
「はー、そりゃそうですけど・・・・でもおれ、『水鏡』だけっすよ?」
「おぬしの『対』がおるじゃろう」
「ひえー、剛ちゃん?」
 あっけにとられる俺の前で、御影長と先輩水鏡が話している。隣の相棒を見やれば、口を真一文字に結んで前を見ていた。
「・・・・いいのか?」
 肘をつつき、小声で訊く。
「何が、だよ」
「御影長の言ったことは、本当なんだぞ?お互いに力がつくまで、一時的にでも・・・」
「冗談じゃねぇよ」
 殊更低い声で、流は唸った。俺は肩を竦める。義弟がこんな声を出す時、てこでも動かないことは知り過ぎるほど知っている。そのため人一倍敵もできた。その敵を撃退するくらい、知識も実力もついた。
「流」
「弱気になってんじゃねぇ。そんなことしてっと、足元みられっぞ」
 茶色の瞳が射貫いた。まっすぐで意志を貫く瞳。熱くて純粋なそれ。俺が曇らせたくないもの。
「おぬしら二人で組むとなると、任務も調整が必要じゃな。演習も必要になろう。詳しくは閃に任せる。追って知らせる」
「はい」
 いつの間にか閃さんと御影長の話は終わり、俺達は御影長室を出された。全身で困った様子の閃さんが、バタリと扉を閉める。
「はあー、やっかいだねぇ。しかも、ただ働き」
「すみません・・・ほら流、お前も謝れ」
「海瑠!こういう時だけ兄貴風吹かすな」
「それとこれとは関係ない。俺達のことで閃さんに迷惑を掛ける。それは事実だ」
「あー、いいのいいの。まあ同郷のよしみだし。ケンカしないの」
 睨み合う俺達の間に入って、閃さんが宥めた。俺は口を結ぶ。流はぷいと横を向いた。
「うーんと、二人で組むつっても仕事のやり方覚えないとね。海瑠くんはおれとして、流は明日おれの相棒紹介するよ。そいつに見てもらいな。覚悟しな。はっきり言ってサドのおっさんだからね」
「けっ、それがどうした」
「いい根性だねー。ま、がんばんな。海瑠くんは今から打ち合わせね。流は先帰ってな」
「わかったよ」
 くいと顎をしゃくられて、流はおとなしく歩きだした。後ろ姿が小さくなる。角を曲がった。いつもより少し素直だったから、少しは閃さんに悪いとか思っているのかもしれない。言葉に出さないけれど。
「まーったくあいつ、ガキの頃のまんまだね」
 流を見届けた後、大きく息を吐き出し閃さんが言った。
「おまえも苦労するよね。甘やかしちゃだめよー。一回くらい、鼻折られた方がいいかもよ」
 継がれた言葉に苦笑する。鼻なら何度も折られた。その度自己回復して更に伸びてきた。確かに受けてきた打撃は、致命的なものではないにしても。
「ま、それもおまえの自由か。かわいいんでしょ?あいつ」
「かわいいというより・・・・放っておけないというか・・・・」
「そうだな。何やるかわからないしね。そりゃご苦労様」
 困って返した俺の返答に、苦笑いして閃さんは返した。ポン。右肩が叩かれる。
「お仕事だよ」
 告げられ目を見開いた。人当たりのいい先輩水鏡の顔が、瞬時に別のものに変わる。今までとは全く違う声音。
「さっき遠話が届いた。あの人が部屋で待ってる」
 耳から入る言葉に奥歯を噛み締める。背筋をのばして。今から戦闘だ。
「あの人ね、結構おまえのこと気に入ったみたいよ。だから、もう待ちくたびれてるかも。この先の事考えたら、おまえも遮蔽して遠話すること覚えなきゃね」
 ひょいと肩を竦めて、先輩水鏡は言った。くるりと踵を返す。
「じゃ、よろしく」
 動きだした背中が告げた。振り返らずに進んで行く。俺は大きく息を吸いこみ、南館のあの部屋へと歩きだした。