選択   by(宰相 連改め)みなひ




ACT4

 桐野斎が行方不明になっている。
 「対」の男を亡くし、たった一人になって。
 敵陣の直中に取り残されている。

 
「じゃあな。忘れるなよ」
 気がつけば隣の男がそう言った。にやりと不穏に笑い、背中を向けて去ってゆく。何と言ったのだろう。自分の考えに沈み込んで、何も聞いていなかった。 
「おい。あいつ、何言ってたんだよ」
 入れ代わりに流が近づいてきた。義弟はまた目をつり上げている。いくら自分が毛嫌いされたからといって、怒っても仕方がないと思うのだが。
「さあ。聞いていなかったから・・・・」
「なんだよそれ。そんなんでいいのかよ」
「いいわけは・・・ないだろうな」
「かーっ!信じられねぇ!」
 素直に返す俺に、流は呆れたように吐き捨てた。グシャグシャと頭を掻きながら睨み付ける。
「おかしいぞ!」
「え?」
「おまえ、おかしいって言ったんだよ!こないだからボーッとしてばかりで!何考えてんだ!」
 イライラと怒鳴られて驚く。確かにこの義弟は短気だったが、理由なくここまで強く当たることは少なかった。
「おまえな!ちょっとは警戒しろよ!呼ばれてホイホイ行きやがって!いい加減に・・・・」
「流?」
「!」
 思わず聞き返した俺に、流は自分でも驚いたように目を見開いた。ぐっと唇を結ぶ。しばらくして、低く「すまねぇ」と零した。
「どうかしたのか?」
「何でもねぇよ!」
「どしたのー?ケンカ?」
 明るい声に振り向いた。大きめなこげ茶色の目とぶつかる。
「仲良し義兄弟ペアが、めずらしいねぇ」
「閃あんちゃん!」
 俺達の後ろには先輩水鏡、桧垣閃さんがいた。
「流ー、またおまえ、わがまま言ってたんじゃないの?」
「言ってねぇよ!こいつがボーッとしてただけ!」
「そりゃひどいんじゃない?人のせいにしちゃダメよ。海瑠くんだってたまには、リラックスしたいんだよねー?」
「あんちゃん!リラックスと呆けてんのは違うぞ」
「まあまあ、おまえももうちょっと成長しなさいよ。いつまでもガキ大将じゃだめよ」
「ええっ!子供扱いすんなよ!」
 口を尖らせくってかかる流を、桧垣さんはうまく扱っている。さすがだと俺は感心しながら、ふとあることを思いついた。いろいろ裏情報を扱う檜垣さんだ、桐野が行方不明なことについても、なにか知っているかもしれない。
「桧垣さん、あの・・・」
「閃でいいよ。何?」
「桐野が敵地で行方不明になったって、本当ですか?」
「ええええっ!」
 思いきって訊いた俺の隣で、流が叫んだ。つり上がった目をまん丸に開いている。
「聞いてないぞオレ!斎の奴、どうしたんだよ!答えろ海瑠!」
「怒鳴るな。俺もさっき聞いたところだ。それで閃さん、どうなんでしょうか?」
「うん。ホントだよ」
 義弟を抑えながら訊けば、先輩水鏡はあっさりと返した。
「残念ながら連絡、取れないらしい」
「それでは・・・」
「げーっ、それじゃヤバいじゃん!」
 更に詳しい情報を取ろうとする俺を押しのけ、流が一人で慌てている。
「流、話が聞けない。喚くなら他で喚け」
「なんだよ!オレ無視すんのかよ!」
「そういうわけじゃない。無駄に喚いても仕方がないと言ったんだ。喚いて解決するものでもない。違うか?」
「ぐっ。それは、そうだけど・・・」
「はいはい、そーゆーこと。流、ちょっと黙ってな」
 睨み合う俺達を割るように、閃さんが間に入ってきた。タイミングを図るのが上手い。二度目の感心をしながら、俺は閃さんの方を向いた。
「それで?」
「んー、今のところそれだけ。今、御影長が助っ人依頼してる。あのぼうやじゃ、それまでどうかなーって感じね」
「・・・・・桐野・・・・」
 肋骨を損傷したままの、同期の少年が目に浮かんだ。俺の知らない誰かに、迷惑を掛けたくないからと告げた表情。新入りでただでも経験不足だというのに、彼は更にハンデを負って任務に入っていった。
「まあさ、それも運って感じよ。実力あっても死ぬ奴ぁ死ぬし、これと言って飛び抜けてなくても生き残る奴ぁ生き残る。おれたちは、まあ、事の成り行きを見るしかないね」
 俺の動揺を見透かしたように、閃さんが言った。俺は唇を噛む。運。本当にそれに縋るしかないのか・・・・。
「そりゃそうだけど。閃あんちゃん、結構シビアなのな」
「ここ、長いからねー。そりゃいろいろ練れてもくるでしょ」
「だけど、なんかやだね」
「もうー、流ちゃんわがまま」
「だから!うるせぇって!」
「それよりさ、自分達のこと考えた方がいいよ?おまえ達」
 むくれる流を余所に、ポンと肩を叩かれた。閃さんが俺を見つめている。なぜそんなことを?
「上総流に渚海瑠。おまえ達、御影長が呼んでるよ」
 くるりと大きな目を回し、先輩水鏡は言った。