選択 by(宰相 連改め)みなひ ACT10 「水鏡」の特訓と日常が続く。 社銀生が来ない日々は、緩やかに過ぎていった。 「オレさ、やっとおっさんから一本取れるようになったんだ」 昼下がりの談話室。長椅子にだらしなく寝そべりながら、流が芋かりんとうを食べている。 「首絞められてもさ、うまく逃げ出せるようになったんだぜ?」 『すごいだろ』とこちらを見やり、流はまた一本、芋かりんとうを咥えた。まだほんのりと温かいそれは、桐野斎が手作りしたものらしい。 『干物のお礼を言いに入ったら、御影長、芋かりんとうがお好きだと伺ったんです』 照れたように笑いながら、桐野斎は言った。 『それで、食堂のおじさんに聞いたら、余ったサツマイモをくださって・・・・。暇だし、手持ちぶさたなんで作ってみました』 桐野の芋かりんとうは、甘過ぎず油っこくなくパリッとしていた。ポリポリ。流は機嫌よく食べ続ける。 『半分は御影長に差し上げて、皆さんにお分けするほどは残らなかったんで、海瑠さんと上総くんで食べてください』 このあいだのお詫びに、と桐野は付け加えて言った。俺は返す言葉がない。桐野は何もしていない。詫びをするのは俺の方だ。断わろうとしたが桐野のひたむきな表情に、思わず受け取ってしまっていた。 「ちぇっ、もう終わりかよ。うまかったのに」 ガサガサと袋を振り、流が残念そうにぼやく。俺は苦笑した。あんなにライバル視している桐野の、作った菓子を惜しがるなんて。 「流。お前変だな」 「ええっ!なんでだよ」 「それ、桐野が作ったんだぞ」 「知ってるよ」 「桐野のこと、嫌いじゃないのか?」 「えー?なんでだよ?」 俺の言葉を受け、流は大きく茶眼を開いた。なんだという表情。俺も意外に思って首を傾げる。 「だってこれ、うまいじゃん」 口を尖らせ、流は言った。 「芋かりんとは芋かりんと、斎は斎、全然ちがうだろ?」 「だってお前、水木さんが桐野の『水鏡』やったって怒ってたじゃないか」 「それと芋かりんとはカンケーないじゃん。斎がオレのかりんと取ったんならわかるけど」 「そんなことするわけないだろ。お前じゃあるまいし・・・・」 なんだか噛み合ってない流とのやりとりに、俺はこめかみを押さえたくなった。流のこういう部分はわからない。子供のケンカでもなし。 「前にももらったんだ」 「何か?」 「斎の作ったもん。かぼちゃをさ、甘く煮て団子みたいに絞ったやつ。うまかったぜ」 「どうして・・・・」 「模擬戦でオレにケガさせちまったから、お詫びだって。ムカつくよな。ペコペコ謝ってさ。あいつ実力あんだから、もっと威張ってろってんだ」 ぷいとそっぽを向きながら、流は言った。俺は納得する。そうか。流は桐野をライバル視してるが、決して嫌いではないのだ。ただ、プライドと双方の性格の問題があるだけで。 「あーあ。水木さん、どうしてんのかな」 行儀悪く肘をつき、流が呟く。聞く所の話では、水木さんは桐野を助けた後、別件の任務に入ったとの事だ。どうも機密で複雑な任務らしく、その後の情報はこちらに流れてこない。ただ事実として言えるのは、水木さんは未だ御影宿舎には帰ってきていないということ。 『あの人なら大丈夫だと思います。でも、正直心配です』 苦笑しながら桐野斎は告げた。 『御影長も新しい“対”の相手を探して次の任務をと・・・・・仰しゃってますし・・・・』 言い淀んで寂しそうに笑う。桐野は待っているのだ。如月水木さんを。 「特訓だぞ」 宣言されて驚いた。流が睨み付けている。 「え?」 「まーた聞いてなかったのかよ!おまえとオレ、二人で特訓しようって言ったんだよ。オレもおまえもまあまあ力ついてきたし、あとは息を合わせねーと」 「しかし、桧垣さんや榊さんに聞かないと・・・・」 「大丈夫って!オレとお前なんだぜ?1、2回合わせりゃ楽勝だって」 「流」 「あ、いけね。訓練の時間だ。じゃな」 慌てて立ち上がり、バタバタと流は駆けだした。走りながら振り向く。 「時間とか、また後で言うなー」 自分の言いたいことだけ言ってゆく。いつものことだと分かっていたが、俺は深くため息をついた。 自室のベッドに横たわり、ウトウトと微睡む。今日は神経を使い過ぎた。ここ数日の修行不足を反省する。 『んじゃ、今日は複数結界、いってみようか。封印と攻撃張って。そしてその上に広ーく遮蔽。んじゃどうぞ』 社銀生のこない間、桧垣さんの「訓練」は実地形式となった。複雑な波長と数種類の結界を組み合わせた結界を張る。 『まずは流の波長を完全に捉えること。こいつが完璧ならば、あいつが飛びだしちゃった時にでも、封印結界で制止可能だから。聞かなきゃ緊縛、かけたらいいのよ』 桧垣さんは時に、強引ともいえる制御法を用いた。この方法であの榊さんが言うことを聞くのか。いささか俺は、疑問に思う。 『結局さー、どっかんやるのっていつでも出来るんだよね。力あるやつなら尚更。だから、そいつをいつ、どのようにやるか。そして最大限の効果を狙うのがおれたちの仕事。おまえもうまく、流をガマンさせなきゃね』 にっこり笑いながら、なかなか手のかかることを桧垣さんは告げた。俺は苦笑する。やれやれ、いつものことだが面倒なことだ。 『んじゃ、もう一丁。今から砕破やるから、止めてみな』 軽い口調とは裏腹に、桧垣さんは激しい砕破を放った。「水鏡」とは思えない、「御影」と言ってもいいような砕破術。 『おー、よしよし。いいかんじー。んじゃ次はこれ』 結局「訓練」は夜まで続いた。やっとのことで部屋につき、倒れ込むようにベッドに横たわったのが先程。 『うん、もう大体オッケーって感じね。そろそろあっちと合同訓練するかな。次回からやるね』 訓練の終わりに、桧垣さんはそう告げた。流と合同訓練。なら、内緒で二人でしなくていい。 流に言わなきゃ。 ぼんやりと考えた。すぐにでも言いに行きたいが身体がだるい。少し眠ってからにしよう。そう考えていた時。 「渚海瑠、いるか?」 ドンドンと戸を叩く音と共に、聞き慣れない声が聞こえた。俺は慌てて身体を起こす。 「はい」 「上総って新入りから言付かった。夕食後、第二訓練場に来いってさ」 扉の向こうの男が言った。流からの言伝。昼間の「特訓」のことらしい。 「わかりました。ありがとうございます」 「じゃあな。確かに伝えたぞ」 言い捨て男は去って行った。俺はよいしょと立ち上がる。夕食の時間はもう終わっている。 「また遅いとか怒ってなけりゃいいんだけどな」 ため息一つつきながら、俺は自室の扉を閉めた。 夜の第二訓練場は、うっそうとした木々に覆われていた。 こんな見通しの悪い所に呼んで。 結界術の同調じゃないのか。 俺は半ば呆れながら、流の気を探した。流のことだ、いきなり模擬戦とか言い出しかねない。 チカリ。 何かが光った。そちらを向く。流か? 「やっと来たな」 声と共に衝撃。目眩いがする。しまった。頭をやられた。 「ほんと、待ちくたびれたぜ」 聞き覚えのある声。流じゃない。それと複数の知らない気。気づかなかった。今まで気を消していたのか? 「待たせた分の借りは、返してもらうぜ」 どさりと倒れた俺の身体に、そいつの言葉が振り下ろされた。 |