呼ばない海   by(宰相 連改め)みなひ




ACT9

 いきなり寝耳に水な話を聞く。
 あいつが・・・・・だって?


「とにかくはさ、入ってよ」
 あれから数日した夕方、オレは閃あんちゃんに呼ばれた。あんちゃんの自室に入る。
「ちょっと待ってな。鍵かけるから」
 あんちゃんはオレが部屋に入った途端、ガチャリと扉に鍵をかけた。
「なんだよあんちゃん、仰々しいな」
「一応、プライベートってやつだからね。邪魔が入っちゃやだし」
 出された台詞にオレは眉を顰めた。いやな予感がする。
「そこ座って。何か飲むか?」
「いらねぇ」
「んじゃ始めるぞ。海瑠のことだけどな・・・・」
 前起きなく出された名前に、オレはぐっと奥歯を噛んだ。予想はしていた。やっぱりあいつのことか。
「実はな、話すかどうかおれなりに考えたんだが・・・・言うぞ。あいつ、羅垓って奴と関係している」
 カンケイ。出された言葉にピンと来ない。オレは聞き返した。
「それ、どういうこと?」
「鈍いな。まあ、仕方ないか。情を通じる。つまりやっちゃってるってことだよ」
 それを頭で認識するのに、かなりかかってしまった。関係?情を通じる?やってるって?
「!」
「とにかくつい最近っぽいんだけどさ、海瑠は羅垓の情人になっている。動きが悪いのはあっちの後遺症ってやつかな。おれや剛ちゃんが知らないはずだよ。だって羅垓だもん」
 あまりのことに言葉がうまく出てこない。訊きたいことはいっぱいあるのに、告げられた内容が受け入れられない。海瑠が情人、だって?
「だ、誰なんだよそいつ!」
「知らないのも無理ないかな。めったに姿見せない奴だからねー。羅垓はおれたちより少し後にここに入ってきた奴で、主に西側の遠方国の情報収集やってるんだ。特定の『水鏡』は持たずに、単独でやってる」
「なんでだよ!どうして海瑠がっ!」
「それはおれにもわかんないね。でも、無理矢理とか弱味を握られてって感じでもないみたいよ。海瑠だって東館だからねー。無理矢理やられそうになったら、それなりに応戦できると思うし」
うんうんと頷きながら、閃あんちゃんが言った。言葉を継ぐ。
「羅垓さ、ここにいる奴の中じゃ、比較的いいやつだと思うよ。あんまし余計なことしゃべらないから、何考えてるか分かりにくいけど。任務達成率もいいしごたごた起こしたこともない。誰かと懇ろって話も、初めて聞くんじゃないかな」
 閃あんちゃんは冷静だった。それとは逆に、オレはどんどん頭が煮詰まってくる。
「あんちゃん!だけどっ・・・・」
「両者の合意の上でやってることならさ、外野が口出しすることじゃないと思うんだよね。そりゃお前は海瑠の『対』だから、任務に支障ない範囲にしろって言うことはできるけど」
「冗談じゃねぇよ!」
 バンと食卓を叩き、オレは怒鳴った。
「海瑠はオレの『水鏡』だぞ!」
 いい加減にしろ。どうしてオレが知らないうちに、そんなことになってる。
「海瑠も海瑠だ!どうして黙ってんだよ!」
「いちいち言うことでもないだろ?それこそ個人のプライベートってやつだし・・・」
「どーしてだよ!」
 もう一度食卓にぶつけた。行き場のない怒り。ただ無性に腹が立って、身体の奥からじりじり焼かれてゆく。
「あいつはオレの『対』なんだぞ!」
「『対』だからってすべて筒抜けってわけじゃないだろ?あくまで仕事上のパートナーだし。おれと剛ちゃん見なよ」
「だって!斎と水木さんはっ・・・」
「ありゃトクベツだね。もちろん『対』でそういう関係の奴らもいるけど、そりゃ『対』だからってわけじゃないと思うね」
 くってかかるオレに、閃あんちゃんは平たく返した。オレは頭に渦巻く怒りで、どんどんまわりが見えなくなる。
「嘘だ」
「違うよ流。お前と海瑠は学び舎時代からの『対』だ。義兄弟でもある。だから、今まで近過ぎたんだよ。いつでも一緒で、どんなことでも共有して当たり前だと思っていた。だけど現実は違う。お前は海瑠じゃないし、海瑠もお前の一部じゃない」
「嘘だ!」
 がたり。椅子を蹴倒しオレは立ち上がった。もうじっとしてなんかいられない。この目で確かめてやる!
「じゃあな。あんちゃん」
「へ?お前もう行くの?」
「ああ。確認する」
「はあ?」
 ぼそりと落とした言葉に、閃あんちゃんの目が丸くなった。構わず踵を返した。出口へ。
「流!」
「海瑠に確認する!」
 呼び止める閃あんちゃんの声は聞こえなかった。鍵のかかった扉を蹴破り、廊下に出る。東館へ。あいつの部屋へと向かう。

 信じねぇ。
 オレは認めねぇからな。
 海瑠!なんでそんなことやってんだよ!

 ほぼ全速力で廊下を走る。一秒が惜しかった。あいつはこの頃すぐいなくなる。部屋に帰ってきていても寝ている。任務以外で、あいつに会えなくなっている。
 怖れていた。
 ずっと不安だった。
 あいつが離れて行くような気がして、それを認めたくなくて。
「海瑠!」
 扉を壊さんばかりの勢いで中に入った。入って目を見張る。中には、着替え中のあいつ。
「流?」
「どこ行くんだよ!」
 他には何も見えなかった。くやしい。それだけが頭の中を巡る。海瑠を行かせはしない。
「行くなよ」
「は?流、何を言って・・・」
「どこにも行くな!」
 扉を背に叫ぶ。びっくりした顔の海瑠が見ている。オレは渾身の力を振り絞り、その言葉を叫んだ。
「勝手に行くんじゃねぇ!」