呼ばない海   by(宰相 連改め)みなひ




ACT5

 人から言われて初めて足元を見る。
 なんだよ。脅かすんじゃねぇよ。


「どうぞ」
「きゃーおいしそー!いただきまーす」
 むぐむぐ。
「あの、いかがですか?」
「すっごくおいしー!斎、アンタのみたらし、サイッコー!」
「よかった。ありがとうございます」 
「・・・・ふん」
 近くであんまり仲良くするから、つい口に出てしまった。罰悪く思う。これじゃあオレ、ひがんでるみたいじゃねぇか。
 昼下がりの御影宿舎食堂。それはほぼ毎日見られる光景だった。斎がおやつを作って、水木さんが食べる。共に嬉しそうな顔。あの御影研究所爆走事件から、さらに二人は強く結びついた気がする。
「こないだの花見団子もよかったけど、アタシはこっちのほうが好きね」
「おれもどちらかというと、花見よりみたらしの方が好きです」 
「そうよねぇ。みたらしはこの、タレがいいのよねぇ」
 言いながら水木さんは、みたらし団子をぱくりと一串平らげた。嬉々として二本目を手に取る。
「あーおいしっ。斎、もう一皿お願いねー」
「はい」
 しあわせそうなやりとりは続く。不本意ながらオレは、それに見入ってしまっていた。
「おかわりです」
 いーよな。
「ん、ありがと」
 まだ食うのかよ。
「たくさん作ったんです。いっぱい食べてくださいね」
 ちくしょう。オレだってみたらし好きなんだぞ。ってオレ、何考えてんだ。
 思って慌てて打ち消した。ぶんぶん。首を振る。なんだよオレ、かっこわるいぞ。
 ぐっと口を結んだところにかたりと何か置かれた。すぐ目の前に皿。つやつやと照りが嬉しいみたらし団子が三本。
「食べませんか?」
 見上げればエプロン姿の斎が微笑んでいた。オレは斎と団子を交互に見つめる。
「なんだよ」
「その、まだたくさんありますし・・・もしよかったら・・・・」
「斎っ!そいつに食わせることないわよっ!」
 答えようとする前に水木さんが叫んだ。すっくと立ち上がり、ずかずかとこちらにやってくる。
「ちょっとー、なんでこいつにみたらしやんのよ」
「えっ、あの、水木さん。その、上総くんはおれの学び舎の同級生で・・・・」 
「知ってるわよ。でもそいつ、アンタを目の敵にしてるじゃない」
「ええっ、いえ、上総くんは短気なだけで・・・」
「ほんとー?じゃああんた!もっと嬉しそうな顔しなさいよっ」
 ぺしりと頭を叩かれた。うれしいような悔しいような、複雑な気持ちがする。
「せーっかく斎がみたらしあげてんのに、仏頂面はないでしょ?」
「・・・すんません」
「早く食べたら?いらないんならアタシがもらうわよ!」
「た、食べますっ!」
 あやうくみたらしを取り上げられそうになって、慌てて皿をひったくった。皿を逃した水木さんが、にやりと満足げに笑う。
「ふふん。それでいーのよ」
「えっ」
「そーんなもの欲しそーな顔してて、やせ我慢はみっともないわよ」
「へ?」
 言われて大きく目を見張る。オレ、そんな顔してたのか?やせ我慢って?
「でも斎はダメよ〜。斎はあげないっ。アタシのオトコなんだからー」
「お、オレは別にっ!」
「水木さん、上総くんには海瑠さんが・・・」
「ああ、あの長い黒髪のコね。そういえばいないじゃない。どうしたのよ」
 訊かれてはたと思いだす。今日はオフ。海瑠は今、どこにいる?
「確か・・・・医務棟とか言ってたような・・・・」
 記憶の箱をひっくり返して探し出す。そういえば・・・・そう言ってたよな?
「あら、『対』なのにわかってないの?案外バラバラなのねー」
「医務棟って、どこか悪いんですか?」
「えっ、えっと・・・・眠れないとか言ってたから」
「それは大変ですね」
 斎が心配そうに見ている。オレは驚いた。海瑠はもともと眠りが浅いし、眠れないとか言ってるのは、今さら始まったことではなかったから。
「なーんか、あるのかしらね」
「そういえば海瑠さん、最近顔色悪いですし・・・」
「ええーっ?そうなのかよっ」
 驚いて聞き返した。オレはほぼ毎日海瑠に会っている。それなのにたまにしか会わない斎が気づいて、なんでオレが気づかないんだ?
「海瑠、そんなに顔色悪いか?」
「ええ。たまにすれ違うくらいでしたけど、なんか元気がなくて・・・・・挨拶はしてくださっていたんですが・・・・」
「へ?あいつ夜間に鍛錬所行ったり、書庫や裏庭とか行ってたぞ?」
「それって、眠れないからじゃないのー?身体動かしたり、眠る為の知識得にいったりしたんじゃない」
「えっ・・・・」
 水木さんの言葉に詰まってしまった。海瑠。ほんとにそうなのかよ。
「医療棟というと・・・・薬をもらいに行ったのかも・・・」
「十分、ありえるわね」
「そうです、今日は宮居さんが来ておられます」
「宮居?」
 聞いたことない名前に、おれは顔をしかめた。気づいて斎が口を開く。
「御影研究所の職員の方です。たしか医師免許もお持ちだったと思います。穏やかな人柄のいい方で、御影研究所に行った時とかおれもよくお世話になっています」
「どういうお世話なのよっ」
 ぎろり。水木さんが斎をにらんだ。斎が慌てて言葉を継ぐ。
「い、いえっ、その、別に変なことじゃなくって、身体検査とか・・・・」
「身体検査って!アンタ脱いだのーーーー?」
「えっ、その、やはり身体検査ですし、洋服は・・・・」
「脱いだのねーーーー!」
 わいわい。隣では別関係のもめごとが起こっている。胸ぐら掴んで叫ぶ水木さんと、逃げ腰の斎。
「ちょっと!あの宮居って男ヤキ入れてくるわっ!斎、ここで待ってらっしゃいっ!」
「水木さん後生ですっ!どうかやめてくださいっ」
「離しなさいったら!この馬鹿力っ!」
 水木さんと斎の騒ぎを余所に、おれは御影宿舎の食堂を抜けだした。目指すは東館。海瑠の部屋。
 あいつ、大丈夫かよ。
 心持ち落ちつかない。なんかすごく焦っている。あの角を曲がって・・・・・もうすぐだ。
「海瑠っ!いるかー?」
 ドンドンと戸を叩く。いらえがなくて扉をむりやり開けた。中を見回し、すぐにホッとした。海瑠が寝台の上にいる。
 具合悪いのか?
 白い顔を覗きこむ。
 いや、寝てるだけだ。
 海瑠は目を閉じていた。よく眠っているのか、ぴくりとも動かない。オレは大きく息を吐き出す。
「寝てたか。悪りぃ」
 言い捨てオレは部屋を出た。隣の自室に戻る。どすんと寝台に寝転がって。
「・・・驚かすんじゃねぇよ」
 低くぼやく。どきどきと波打っていた胸を抑え込むように、オレはごろりと寝返りをした。