呼ばない海   by(宰相 連改め)みなひ




ACT31
 
 こんなの夢だ。いや、悪夢だ。
 会いたかったあいつが現れて、オレを好きだと告げて。
 そして、こんなになるなんて。
 起きろよ海瑠!目を開けろ!


「海瑠っ!海瑠!」
 冷えてゆく身体を抱きしめて叫んだ。あいつの背中を濡らす血。止めどなく流れて。
「起きろ海瑠!目を開けろよ!」
 海瑠は完全に意識を失っていた。閉じられた目。オレの声に応えることなく。

 いやだ。
 このままじゃ海瑠が。いやだ!

 たぶん、初めて恐怖を感じた。否。初めてではない。以前、これとよく似た気持ちになったことがあった。あの時だ。海瑠がうちからいなくなった時。
「海瑠ーーーッ!」
「喚くんじゃないわよ!」
 ごつん。絶叫を拳骨で止められた。殴られた頭がじんじんする。何事かと驚いて見上げた。
「水木さん!」
「こんな時にパニくってんじゃないの!いい加減にしな!」
 言われて我に返った。そうだ、海瑠の手当をしなきゃ。それに、敵はどうなってる?
「上総くん、大丈夫です」
 辺りを見回すオレに、慣れた声がした。斎だ。
「海瑠さんがずっと結界を張っていてくれてます。無意識下での結界。すごいです」
「ちょっと薄かったみたいだから、アタシが補強しといたわよ。ま、でも、大したもんよね。転移の術の後に、こんなことやってのけるんだから」
「え・・・」
 思わず腕の海瑠を見た。こいつ・・・・・が?
「結構、深そうね」
 海瑠の背中を見て、水木さんが言った。
「はい。臓器を傷つけていなければ、いいんですが・・・」
 止血処置を施しながら、斎が返す。
「水木さん」
「そうね。ここじゃやばいわ。斎、運んで」
 なかなか血が止まらない状況を見て、水木さんが指示を出す。斎が頷いた。
「上総くん、海瑠さんをこちらへ」
「え?」
「御影研究所にを運びます」
 斎はこちらに手を伸ばして、海瑠を抱き取ろうとしていた。
「斎っ!海瑠は、オレが・・・」
「それじゃあ遅いの!」
 ピシリと鞭のような声が響いた。水木さん・・・。
「転移の術で運ぶのよ。アンタにできるの?」
 言われて二の句が継げなかった。転移の術。そんな高度なことオレにはできない。唇を噛み、腕の海瑠を斎に渡した。
「すみません。できるかぎり早く、海瑠さんを研究所へ運びます」
 海瑠を肩に担ぎ、斎が言った。すっくと立ち上がる。
「行って」
「頼むな」
「はい。では」
 斎が片手で印を組み出す。見たこともない印。見る間に斎と海瑠の姿が消えた。
「あれが転移の術」
 ばさりと髪をかきあげながら、水木さんが言った。
「ちょっと印が面倒だけど、結構便利な術よね」
 海瑠もいきなり現れた。きっと、あの術を会得していたのだ。なのに、オレは・・・・。
「自覚しな」
 茶色の瞳が見据えた。
「これがあんたの実力。あんたは相棒一人、助けられない「御影」。肝に銘じることね」
 言われて奥歯を噛みしめた。その通りだ。オレは、あいつを・・・。
「ぼーっとしてんじゃないわよっ!」
 バシン。頭を叩かれた。
「何凹んでるのよ。やることあるでしょ!」
 水木さんの言葉に、オレは思い出した。そうだ。敵だ。
「これはあんたの『任務』。そうよね?」
 びしりと指さし、水木さんが訊く。
「はい」
「じゃあ、あんたが片付けなさい。当然よね?」
 にやりと笑いながら、あこがれの人は続けた。御影ナンバーワンの「御影水鏡」、如月水木が。
「じゃあね」
 手元で先程と同じ印が組まれた。驚くほどに早い。
「早く来ないと、あんたが半べそかいてたってあのコにバラしちゃうから」
 言葉を共に姿が消えた。後には、オレ一人が残る。
 悔しいよな。
 拳を固く握る。怒りと情けなさが身体を駆けめぐっていた。当然だ。目の前で見せつけられたのだ。力の差を。
 でも事実だ。認めるしかない。
 きゅっと唇を引き結んだ。集中する。今は、目の前の敵を倒して。
「ちっくしょーーー!」
 全力で走り出した。遠巻きにこちらを窺っていた、敵の中へと切り込んでいく。足さえ動けばこんな奴ら、右手一本で十分だ。
「かかってきやがれ!」
 片手で爆砕印を組む。迫り来る複数の敵を、オレは力任せに吹き飛ばした。