呼ばない海   by(宰相 連改め)みなひ




ACT3

 少し小振りな大福をつまんで、ひょいと口の中に放り込む。とたんに甘いこしあんが口の中に広がった。もぐもぐと咀嚼してごくりと飲み込む。二つめに手が出てしまった。
 ちっくしょー。
 うまいよなぁ、斎の大福。
 ぱくりと二つめにかぶりついた。こっちのよもぎもうまい。あと一個しかないのが残念だった。
 今オレが食べてる大福は、もとはといえば水木さんが食べていたものだった。斎が水木さん用に特別に作ったらしい。水木さん好みのこしあん大福。全部食べられる前に、水木さんは斎と消えてしまった。
『来なさいよ!』
 皆の集まる食堂で、あの人は斎に告げた。
『いくらアタシでも、ここじゃあイヤなんだから』
 ここって、じゃあ、別の場所ならいいんすか?
『さっさと、アンタの寝床に連れておいき!』
 言葉と共に斎は動いた。金色に輝く瞳を大きく開いて。口元に零れた笑みを、オレは見逃さなかった。
 ダダダダダダダッ!
 斎が水木さんを担いでゆく。担がれた水木さんも笑っていた。怖そーでも嫌そーでもない、仕方ないわねぇみたいな表情で。
 後にはこの大福が残された。オレは大福がもったいなくて、部屋に持って帰ってきてしまったのだ。
「なあ」
「何だ」
「やっぱ水木さんと斎って、よろしくヤっちゃってんのかな」
「そうだろうな」
 即答で返されてしまい、ムカッときて睨んだ。書物に目を通していた海瑠が、ちらりとこちらを見る。
「だってそうだろ。お前も見たよな?」
「見たよ!でも二、三日前まで、あの二人ギクシャクしてたじゃねぇか!」
 言い返す。それは事実だった。水木さんと斎が「対」を組んで一月。二人は上手くいってないようだった。水木さんはあちこち粉かけてたし、斎はあの金色の目で暴走していた。
 斎って普段はおとなしいのに・・・・あの金眼は頂けないよな。
『うわっ、斎、タンマーーーー!』
 暴走中の斎に追いかけられてる時の、水木さんの必死な声が思いだされる。あれは傍目に見ても恐ろしかった。御影ナンバーワンの水木さんがあれだけ焦っているのだ。オレなんてまったく歯がたたないかもしれない。
『斎っ!勝手に改造されちゃったら、許さないからねーーーーっ』
 もう一つ思い出す。これも必死な叫びだった。斎が御影研究所でどうにかされると聞いて、飛び出して行った水木さん。この五年間、あんな水木さん一度も見たことがなかった。いつも余裕綽々、オレから見たらすっごいことも、平気でこなすのが如月水木さんだった。
「だけど今でも水木さんは斎といる。それだけが全てだと思うぞ。流。お前の負けだ」
「うるさい!」
 図星を差されて怒鳴り返した。黙れよ。そんなのオレ自身が一番知ってる。
「流」
「もう言うな!わかってる!」
「わかってない。聞いてから言え」
「諦めろって言うんだろ!」
 八つ当たり全開で喚いた。相棒が、ため息交じりに本を閉じる。
「・・・・・そんなこと、言ってないだろう」
「じゃ、なんて言うつもりだったんだよっ」
「だから、聞けと言っている」
 相棒の呆れ顔に自分の幼さがひしと感じられた。だけど後には退けない。もう意地になっている。
「『対』になるだけが、水木さんに近づく道じゃない」
 深い藍色の瞳が、ひたとオレを見つめた。
「自らの不十分な部分を一つ一つ埋めてゆく。それも立派に水木さんに続く道だと思う。例えば防御結界。『攻撃は最大の防御』とかいっても、もっと強力な結界をはれた方がいい」
「なんでだよ。おまえがいんだろ?」
「いつまでいるか分からないぞ。それに、単独任務の時はどうするんだ」
 縁起でもないことを言うから、憤慨して打ち消した。
「そんなはずねぇだろっ!よしんば一人んなったって、攻めて攻めて攻めまくってやる!」
「・・・・・それで済むといいがな」
「ガタガタ言うな!水木さんとは組めねぇんだからいいだろ!」
 ヤケになって言った。言った後で自分の言葉に落ち込む。そうだ。もう、水木さんとは組めないんだ。
 ズンとめり込む。落ちる気まずい沈黙。怒鳴った分、こちらから折れることはできない。
「流・・・・行こうか」
「なんだよ」
 いきなり海瑠が立ち上がるから、驚いてオレは言った。相棒は長い髪をさっとまとめ、こちらを向く。 
「鍛錬いくぞ。そうだな、今日は模擬戦やってもいい」
「ほんとか?」
「ああ。たまには俺も『攻撃』しないとな」
 言われた言葉にホッとした。すぐに飛びつく。気分がモヤモヤしている時は、身体を動かすに限る。
「どこでやる?」
「そうだな。せっかく東館に移ってきたんだ。東館の裏庭に行こう」
 御影宿舎に来て五年。つい最近、オレ達は東館に部屋をあてがわれた。それは御影内でも皆がやっと一目置く、「中堅から手練れ」の位置の場所だった。
「なあ、あの砕破術試していいか?」
「それより結界術やれ。二重結界、教えてやるから」
「えーっ、いらねぇよ。結界なんて一重あればいいじゃねぇか」
「・・・・・お前、単独任務、やめとけ」
 部屋を出て外に向かう。ふわりと爽やかな風が、身体を包んだ。