呼ばない海   by(宰相 連改め)みなひ




ACT24

 海瑠がいた。
 気配に目を覚ましたら、あいつがオレに手を伸ばしていた。 
 拒絶した。
 もしあのまま海瑠に触られてたら、止められなかっただろう。
 あいつが欲しい、自分を。


「上総流です」
 帰還報告を受付でしたら、御影長室に呼ばれてしまった。身体は疲れてるし、早く寝てぇんだけどと戸を叩く。
「入れ」
「はいりまーす。なんすか?」
「・・・・・ボロボロじゃな」
 入った途端にそんなこと言うから、つい不機嫌な顔になる。何だよ。任務はこなしてるじゃん。ボロボロで悪いか。
「で?用件はなんです?ないならオレ、帰りますよ」
「まあ、そう焦るな。たまには長の言うことを聞け」
「えー?聞いてますよー」
 ふてくされるオレに、御影長はすいと何かを差し出した。なんだこれ。食い物か?
「落雁じゃ」
「え?」
「菓子じゃ。いらぬか?」
「もらいますっ!」
 取り上げられる前にと引ったくった。甘い。甘さが疲れた身体に染み渡る。
「うーん、もうちょっとないすか?」
 出された三個を平らげて言った。気分はすっかりよくなってる。やっぱ食い物ってすごい。
「贅沢をいうな。こういうものは、茶を片手に少しずつ楽しむものじゃ」
 ずずと茶を啜りながら、御影長が言った。
「任務は・・・・なんとか、こなしているようじゃな」
「はい。こなしてます」
「どうじゃ?」
「どうって、なんです?」
 わからないことを訊くから、眉を顰めてしまった。御影長?なんか訊きたいなら、はっきり言ってくれよな。
「一人でやってみて、どうかと訊いておる」
 しかめっつらのオレを目の前に、御影長は深い溜め息をついて訊き直した。オレはそんなことかと思う。
「えー?どうもなにも、なんか文句あるんすか?」
「そういうことを訊いとるのではない。単独任務をこなして、何か感ずるところはないのかと訊いておる」
 御影長は呆れ顔だ。オレはまわりくどいんだよなと心の中で思い、言葉を継ぐ。
「いいんじゃないすか?うるさいのいないし、気楽だし。ま、オレだからトーゼンって感じですかね」
 自信満々に言った。だけど本当は違う。一人になって、感じていることは山ほどあった。だけど。
 弱味を人に見せるなんて、まっぴらごめんだ。
「・・・・・・おぬしが独り立ち出来たのは、いいことじゃろうがな・・・・」
 少しの沈黙の後、御影長はぼそりと呟いた。また茶をすする。
「なんです?独り立ちって、今までのオレが半人前って言いたいんすか?」
「さあ、のう」
「げーっ。感じ悪いー」
 意味ありげな返事。それがまたわからなくて、オレの不快はますます強くなる。
「だから、何か言いたいんすか!用がないんなら、オレ、帰りますよ!」
 言い終わった時にはもう、踵を返して扉を開けようとしていた。御影長が呼び止める。
「なんすか?」
「おぬし、本当にあやつと組む気はないのか?」
 もう限界だと振り向いたオレに、その問いは投げられた。直球の問い。胸のまん中にヒットする。
「ねぇよ」
 腹の底から絞り出した。変えるつもりもない。還ることもできない。
 ばたん。乱暴に扉を閉めた。何かを断ち切るように、オレは自分の部屋へと向かった。


 重い。
 足が鉛みたいだ。
 鈍い痛みもずっと続いている。
 疲れすぎかな。

 足を引きずるようにして歩いた。やっと部屋が見えてくる。もう少しだ。
 ぎい。
 手を当てた扉は開いていた。誰かいる。ちぇっ、鍵かけたのに。
「やっほー」
 開いた扉の向こうには、閃あんちゃんがいた。
「あんちゃん!」
「最近姿見ないと思ったら、こーんなとこにいたのねー」
 あんちゃんはオレの部屋の、食卓の椅子に座っていた。くるりと鳶色の目をまわす。
「聞いたよ。『対』、解消したんだって?」 
「・・・・・・・」
「そんで一人でやってるんだって?」
「・・・・・・・」
「流ちゃーん」
「あんちゃん、しらじらしい」
 むっつりとオレは言った。あんちゃん程の地獄耳なら、とっくに知ってただろうに。今頃何の用だ。
「オレ、着替えるからな」
 あんちゃんの前を横切り、部屋の奥へと向かった。服を脱ぐ。さっさと風呂にしようと思った。
「流?」
「なんだよ!言っても聞かねーぞ。海瑠とは組まねぇ!」
 言われる前に先手を打つ。けれどあんちゃんの様子は違っていた。視線が、オレの顔よりずっと下に向いてる。
「それ、どしたの?」
 オレの足を指差し、閃あんちゃんが言った。言われてオレは、自分の両足を見る。
「・・・あれ?」
「なんかその傷、印みたいな形だねぇ」
 あんちゃんが呟く。そこはつい先日の任務の時、老いた「草」の放った針が刺さった部分。小さな、黒い模様みたいなのがいくつか浮かんでいる。
「痛い?」
「ちょっとだけ。大したことねぇよ」
「ふーん。ならまっ、いいか」
 やせ我慢を返すオレに、あんちゃんはふいと視線を上げた。足の事などなかったように、にかりとオレに微笑む。
「流ちゃーん」
「・・・・なんだよ」
「傷だらけね。男のクンショーいっぱいじゃん」
「悪かったな!」
 揶揄われてふてくされる。そうだよ、どうせ防御弱いよ!
「一人で動けるようになったのはおりこうさんね。よかったじゃない、成長して」
「あんちゃん!何が言いたいんだよ!」
 二度も言われて怒鳴り返す。うるせえよ。御影長のジジィと同じ事言うな!
「んー?なんもないよ。かわいい弟分の顔、見にきただけ」
 ひょいと椅子から立ち上がり、閃あんちゃんは告げた。そのままスタスタと戸口へ向かう。くるりと振り向いて。
「顔合わせにくいのはわかるけどさー、食堂くらい来なよ」
「・・・・オレの勝手だろ」
「かわいくないねー。でも、会っといた方がいいと思うんだけどな」
 憮然と返すオレに、閃あんちゃんは苦笑で言った。
「後悔ってさ、だいたい全部終わっちゃった後にするもんなんだよ?」
「何トーゼン言ってんだよ!」
「あーあー、困ったちゃんだねぇ。じゃあな」
 がなるオレにそそくさとあんちゃんは部屋を去った。後にはオレ一人が残される。 
「・・・・・なんだよ」
 オレは更に重くなったような足を見つめて、ぼそりと零した。