呼ばない海 by(宰相 連改め)みなひ ACT22 意地で抑え込んでも、言うことをきかないものがある。 それは、身体の記憶。 「いってー」 吹く風がちょっと冷たくなってきた夕暮れ。オレはいつもの書庫にいた。新しくできた足の傷と、にらめっこをする。 「そんなに深くはないはずなのに、これ、結構痛むよな」 その傷は昨夜の任務で受けたものだった。年老いた「草」の暗殺任務。楽勝なはずだった。けれど、その「草」は不吉な言葉を吐いた。 『小僧、土産をやろう』 「草」はオレの一撃を受け、血と肉塊を振りまいて果てた。その肉塊と共に、いくつか小さな針が飛んできた。オレはとっさに防御したが間に合わず、足の辺りに何本かその針を受けてしまった。 『見せてみろ』 海瑠の声が聞こえた。「対」を組んでた時、たとえ小さな傷でもあいつはオレの受けた傷を確認した。 『一見なんでもない様にみえる傷でも、何が潜んでいるかわからない。残留している気だけでも探ってみないと』 海瑠は医療面にも詳しかった。ある程度の傷なら、自分で対処していた。オレはあいつに任せてただけだ。 「なんかちょっと汚れてるけどなー。針も縫いたし、血も出てないし、ほっときゃ治るか」 そう考えて放置する。次に例の再縫合した左腕を見た。 「うーん、なんとか開いてないみたいだな。あーよかった」 ほっと胸をなで下ろす。また縫った傷が開いたりなんかしたら、あの宮居って人が激怒するかもしれない。そしたらどんなおっかないことされるか。想像しただけで寒気がした。 「包帯、換えとくか。これじゃあバレバレだもんな」 宮居さんは前回、改めて二週間分の診断書を書いた。だけどオレはそれを御影長には提出していない。 一人でオレはやってかないといけないんだ。 休んでるヒマなんかあるか。 そういったわけで、オレは前と変わらず任務をこなし続けていた。ようやく一人に慣れてきた感覚を、失いたくはない。それに。 身体が疲れていないと眠れなかった。眠れず寝具に横たわっていたら、あれを嫌でも思いだしてしまう。 海瑠の白い手。寝具を必死で探る。まるで行き場がないように、敷布の上を彷徨って。 必死で指を絡めた。オレはここだと言いたかった。オレを見ろ。オレはここにいる。ここで、おまえと一つになってる。 握り返した指先は、いつもひどく冷たかった。それがオレの熱を帯び、だんだん温かくなってくる。薄紅色に染まった。首も。胸の辺りも。オレはそれがとても見たくて、どんどんあいつを追い上げた。 「おっと」 コロコロコロ。巻き直そうとした新しい包帯が、指を滑って床へと転がった。舌打ちしながら拾う。再び、巻きつけようとした。 「チッ」 思わず舌打ちする。右腕一本で包帯を巻くのは、結構難しかった。うまく巻けない。これでは宮居さんにバレてしまう。 「ブキヨーねぇ」 頭の上から落ちてきた声に、びくんと飛び上がりそうになった。すたり。開いていた天窓から、細身の影が舞い降りる。 「水木さん」 「ホータイ一つ巻けない奴が、単独任務なんてちゃんちゃらおかしいわね」 「ぐっ」 言葉に詰まる。情けないけど水木さんの言うことは正論だ。オレはかっこわるすぎて、項垂れてしまう。 「ほら」 「へ?」 「貸しなさいよ。それ、巻かなきゃやばいんでしょ?」 まるでオレの内情を知ったかのように、水木さんは手を出した。信じられない気持ちで包帯を渡す。すると水木さんはくるくると、器用に包帯をオレの左手に捲きつけ始めた。 「すげ・・・」 「あったりまえじゃない。アタシが何年一人でやってきたと思ってるの?ホータイくらい、朝メシ前よ」 「片手でもすか?」 「トーゼン!右でも左でもどーんと来いよ」 改めて感動する。やっぱ水木さんってすげえ。すいすいと動く白い手を見つめながら、オレは思った。 「ほーらできた。って、なによ?」 じろりと怪訝に見られて、一瞬焦ってしまった。やべぇ。オレ今なに考えてた。 「なーんか、怪しい目つきだったわねぇ」 「え、その、ヤですよ水木さん〜」 水木さんが薄茶の目を細める。オレはあたふたと慌てた。言えない。水木さんの手ぇ見て、あいつを思いだしてたなんて。 「あー、わかったー!」 ぱちん。指を鳴らして水木さんが叫んだ。オレの焦りは頂点となる。 「あんた、アタシにヨクジョーしたでしょ」 にやりときれいに笑いながら、水木さんは言った。オレはあまりの図星に硬直する 「ま、アタシほどの上玉が目の前にいるんだから、仕方ないけどねー」 ばしん。やっぱり頭を叩かれた。ずずいと整った顔が迫る。剣呑な目。 「どこでもかしこでもサカッてんじゃないわよ。ちゃんと、自分でヌキなさい」 鼻先で告げられ情けなくなった。オレってダメすぎる。 「それとも。ヌイてもらわないとダメ?あの子に」 きょろり。面白そうに水木さんが見ていた。オレはカッと血が上る。 「水木さん!」 「あーコワイコワイ!プライドだけは一人前以上よねー」 さもおもしろそうに水木さんは告げた。オレはムカムカしてるけど言い返せない。だって今のオレはダメすぎる。 「さーて、襲われないうちに、アタシはタイサンしよーっと」 どう考えても無理なことをいいながら、水木さんは去って行った。ばたり。書庫の扉が閉まる。 はあ。冗談じゃねぇぞ。 どうすんだよ、これ。 オレはため息をつきながら、一部変化してしまった箇所を見つめた。 |