呼ばない海 by(宰相 連改め)みなひ ACT15 俺達は肌を合わせる。 流は今まで足りなかったものを取り返すように、暇さえあれば俺を求める。 俺は求められることに甘えて、流との日々を重ねる。 ゆっくり夢から浮上した。どんな夢だったかはっきり思いだせない。いつもは色さえも鮮明に残っているのに。母さんが出てきて、何か言ってたことはことはわかったが、言ってる内容が聞こえない。膜が掛かったみたいに。 疲れてるのかな。 ぼんやりと思った。確かに身体は疲れている。昨夜遅くまで任務だったし、任務が終わって部屋に帰った途端、流に求められてしまった。流は任務後の高ぶった血を俺に向け、俺は受け止め続けた。結局夜が白むまで繋がり、ついには意識を手放したらしい。 「・・・・いないか」 目だけで室内を探して、義弟の不在を確かめた。ほうと息をつく。一人であることに安堵した。 今頃、食堂あたりかな。 流の動向を思う。それは充分考えられることだった。流は寝つきもよく寝起きもよい。きっと腹を空かして、何か食いに行ったのだろう。丼を手にする姿が浮かんだ。 俺も・・・・起きないと。 思って、そろそろと身体を返した。うつ伏せになる。鈍く痛む下肢を無視して、両手を敷布についた。そっと四つんばいになる。ひきつる背筋。震える足。身がはいってうまく力の入らない膝。 鍛錬が足りないな。 自嘲しながら寝台から降りた。よろよろと風呂へと向かう。中に入って申し訳程度に羽織られていた、寝間着を脱衣かごへと落とす。 また、派手につけたな。 浴室の鏡の中には、相変わらず白い自分の身体が映っていた。あちこちに散らばる紅。中には紫色のものもある。皆、流のつけた刻印。 最初に、あれを見たのが悪かったな。 初めて流と交わった時、流は羅垓のつけた跡を見てしまった。あれから全てを塗り替えるがごとく、流は俺の肌に跡を残す。外から見えぬ所にしてくれと言っても聞かない。おかげで俺はいつも首までしっかり包む任務服でいなければならなかったし、時には手足をも包む補助服を着なければならなかった。 消えるわけでは、ないけれど。 苦笑しながら蛇口をひねった。とたんに温かい飛沫が身体を打つ。髪に染みこむ湯。肌の汚れを洗い流して・・・・。 これでいいのだろうか。 何度も自分に向けた問いを、また繰り返していた。あれから流は何度も俺を求め、俺も流を受け入れている。重ねられる情交。今まで経験してきたものより遥かに経験の浅いそれであっても、身体は確実に馴染み始めている。 このまま流に流されたままで、本当にいいのだろうか。 問いを重ねる。何かが違う気がしていた。大切な何かを失念しているような。そのことが原因で、今を失ってしまいそうな危うい感覚。漠然とした不安が常につきまとっていた。しかしそれが何であるかはわからない。ただ最後には流が求めているからと、自分に言い聞かせるだけで。 やめよう。 とにかく何か食べなければ。 空腹ではろくなことを考えない。 思って、手早く身体を洗った。風呂を出て身仕度をする。自室をでた。 「流」 自室の扉を閉めながら、隣の流の部屋に声を掛ける。中から返事はなかった。やはり、ここにも帰ってないか。 俺の個室だったはずの部屋はあの夜以来、流との相部屋と化していた。いろいろ都合がいいからと流は荷物を持ちこみ、ごく当たり前のように居座ってしまったのだ。 ・・・・・こんなことになるとは、思わなかったな。 溜め息をつく。また重い思考が甦ってきそうで、俺は頭を振って歩き始めた。 「・・・・・いないな」 てっきりいると思っていたが、流は食堂にいなかった。俺は肩の力を抜き、食堂のカウンターへと進む。 「いらっしゃい。久しぶりだねぇ」 食堂のおやじは笑顔で俺を迎えた。俺は何を頼もうかと考える。 「その、今日は何が・・・・」 「魚は煮魚定食がおすすめだよ。いいカレイが入ったからね」 「じゃあ、それをお願いします」 「はいよ」 おやじが奥に消える。しばらくして、温かな定食が運ばれてきた。 「あれ?これは俺、頼んでないです」 「ああ、そりゃいいんだよ。桐野さんからだ」 定食にそぐわぬものを見つける俺に、おやじは笑いながら言った。煮魚定食にぽつりと目立つプリン。クリームとチェリーまでのっている。 「桐野が?」 「そうだよ。お前さんにってことづて受けてたんだ。確かに渡したよ」 「・・・・はあ」 なんともいえない気持ちを抱えて、俺は空いてる席へとついた。もらったプリンをしげしげと眺める。甘い香りにこぼれるカラメルソース。プルプルと震える。 桐野にも、気を遣わせてるな。 ちょっと申し訳なくなった。最初に流とああなって以来、桐野斎は何かにつけて食べ物を作ってきてくれたり、洗濯などの身の回りの仕事を手伝ってくれている。 今度都に出たら、桐野に何か土産を買おう。 密かに決心して、俺は箸を手にとった。昨晩から空腹を訴えていた胃袋が、次々と煮魚定食を納める。 「ふう」 お茶を片手にひと息、やっと頭がしゃんとしてきた。人間食べてこそだと実感する。 「よお、久しぶりー」 ぽんと肩を叩かれた。振り向く。背後には桧垣閃さんがいた。 「流から聞いたよ。あいつ、浮かれまくってるよねー。海瑠くん大丈夫?流、無理させちゃってない?」 「・・・・ええ、まあ・・」 にこにこと聞かれて、俺は苦笑いするしかなかった。さすが子供のころからのつきあいというべきか、この人は流の行動を把握し過ぎている。 「ま、でも、おれとしちゃおさまるところにおさまってよかったと思うよ?流のことについちゃ、おれんちの嫁さんも心配してたし」 つい最近聞いた話なのだが、桧垣さんは結婚したらしい。それも相手は流の従姉だという。俺が流の村に住み始めたころには、もうその人は村にいなかったみたいだが。 「お前もさ、過去のあれこれは割り切って、楽しくやったほうがいいと思うんだよね。もういいと思うよ」 さりげなく目くばせして、意味深な台詞。俺は二度目の苦笑いをした。いったいこの人はどれだけのことを知っていて、どれだけのことを考えているのか。 「はい」 「うん、いい感じ。くれぐれもヘンなこと考えちゃだめだよ?じゃな」 告げて、桧垣さんは俺から離れた。食堂の中央へと向かっている。いつもの人だかりへ参加して。 「そろそろいくか」 呟き、俺は定食の盆を持った。食器を返却して、食堂を後に東館へと足を運ぶ。一つだけ気になっていることがあった。羅垓に、あの男に会わなければ。約束をすっぽかしたままになっている。 「自室にいればいいんだが・・・」 小さく呟き、俺は廊下を歩き続けた。 数時間後。 うまくいかないものだな。 御影宿舎東館の談話室で、俺はため息をついていた。疲れた身体を長椅子の背にもたせかける。あれから結局羅垓は自室にいず、俺は御影宿舎をくまなく探した。けれど、羅垓は見当たらなかった。 任務中・・・なんだろうな。 一番あり得る可能性を考える。このところ特にこれといった話は聞いていない。 あれから何度か俺は羅垓を探した。けれどいつも間が悪いのか、羅垓に会うことは出来なかった。あまりにも会えない事実に、俺は焦り始めていた。 いつごろ御影宿舎に帰るのだろうか。遠話も、届かないみたいだし・・・。 羅垓とは一度話さなくてはと思っていた。二人は「取引」の関係だった。しかし、一時とはいえ自分を助けてくれた相手だ。流とのことをきちんと話して、けじめをつけるつもりでいた。 桧垣さんなら、知ってるかな。 ふと思いついたが、それはすぐに打ち消した。勘のいいあの人のことだ、すぐにこちら側の事情を察してしまうだろう。否、それ以前にもう、俺と羅垓のことなど知っているかもしれないが。 「いたいた!こんなトコいたのかよっ!」 いきなり大音量で驚いた。流がすぐ前に立ってる。つり目がちな目が更に上がって。 「なにやってんだよ!どーして部屋にいないんだっ」 つかつかと流は傍にやって来た。相変わらず自分勝手なことを言っている。 「流」 「メシ食ったか?」 「ああ」 「じゃ、行こうぜ」 ぐいと腕が取られる。「どこへ」と尋ねた俺に、流は笑顔で答えた。 「決まってるじゃねえか。部屋だよ」 「部屋?」 「ああ。やろうぜ」 鼻歌交じりに流がひっぱってゆく。その姿を見ながら、俺は後に続いた。 |