異端
   by(宰相 連改め)みなひ




ACT5

 その時までは、知らなかった。
 自分が他者を攻撃するということが、どういうことかを。

「このあたりでよいな!」
 第二演習場の中ほどで、春日是清が告げた。俺はこくりと頷く。
「では始める。いつものように、逃げるなよ!」
 びしりと指差し是清は言った。俺はその場に立ち続ける。遠巻きに、学生たちの群れ。
「一筋縄ではゆかぬぞ!春日剣術、思い知れ!」
 格好も勇ましく、春日是清は構えた。どこから持ってきたのか、右手には長剣が握られている。
「かかってこい!」
 少しの間を置いて、是清は叫んだ。俺は肩を竦める。だらだらと長く試合う気はない。一気にカタをつけるつもりでいた。
「お前から来い」
「何を!俺に指図するか!」
「指図ではない。いつ、どこから来てもいいと言っている」
「おのれ!この春日是清を愚弄するか!」
地団駄を踏まんばかりに、是清は怒っていた。俺は冷たく見やる。早く来い。来たら、一撃で仕留めてやる。
「ははーん、わかったぞ」
 ふいに、是清が不敵に笑った。俺は眉を顰める。
「自ら仕掛けてこぬとは、さては『昏』は腰ぬけの集団か!そんなことだから滅んだのだ!」
 ぶちり。
 是清の言葉。俺の中で何かが切れた。確かに「昏」は滅んだ。俺と銀生を除いて、一人も残らず滅び去った。けれど。
 それを、お前に言われる筋合いはない。
「よかろう」
 ぐっと顎を引く。腹の底から絞り出した。
「仕掛けて欲しいなら、こちらから仕掛けてやる」
 青ざめてゆく是清の顔。しかし、もう止める気はなかった。自然と高まってくる気。抑えられるはずもなく。
「雷術」
 右手を高くあげた。口呪を唱える。組まれた左手印が、雷鳴を呼ぶ。
 ゴウッ。
 強風が吹き荒れ、暗雲が集まってきた。空気の摩擦。ビリビリと音。
「な、何をするっ」
 完全に裏返った声で是清が叫んだ。聞き入れることなく、俺は最後の言葉を告げる。
「雷撃」
 閃光。天を光が包んだ。その時。
「やめなさい!」 
 声が聞こえた。目をやる。あれは、歴史の漆原。
「ここにいる者たちはまだ結界を張れない!全滅します!」
 言われて我に帰った。漆原が結界印を組んでいる。足りない。あの気では、ここにいる者全てを包めない。雷が、落ちてしまう。
「どけ!」
 とっさに俺は是清の所に飛んだ。是清を蹴りたおし、最大限の防御結界を張る。同時に、落下した雷が結界を直撃した。
 ゴオ・・・ンッ。 
 振動。大地を揺るがす。印を組んだ両手が焼けそうに熱くなった。必死で堪える。結界を緩めるわけにはいかない。
 数秒後。落ちた雷が地面へと流れて消えた。俺は周りを見る。被害者は、いないか?
「大丈夫かー!」
「何があった!」
 ばらばらと他の教師たちが駆けつけてきた。余波の消えたのを確認して、俺は防御結界を解く。解放された学生たちが、教師たちのもとへと走っていった。泣き声。叫び声。混乱してるが、皆外傷はないようだ。
「ケガはないか?」
 足元の是清を見やる。是清は座り込み、茫然自失の状態だった。
「すまなかった」
「!か、かまうな!これしき、なんでもないわ!」
 引き起こそうと差しのべた手は、ぱしりと振り払われてしまった。教師の一人が来て、是清を立たせて連れていく。俺はその後ろ姿を見つめ、払われた自分の手を見た。震える掌。止まらない。
「こわかったですね」
 振り向けば漆原先生がいた。  
「よく、止めてくれました」
 彼は微かに笑んでいた。あの時、歴史資料室で見た顔で。不意に、その顔がぼやける。
 ぽつり。
 ぽつり。ぽつり。
 雷を放った雲が、雨を呼んできた。どんどん勢いを増して。俺に、漆原先生に落ちてくる。
「濡れます。行きましょう」
 歴史の教師はそう言って、俺の腕を引いた。俺は俯いたまま、漆原先生の後を付いて歩いた。