異端
   by(宰相 連改め)みなひ




ACT4

「んー、いい感じだねぇ。爽快」
 登る朝日を受け、銀生が大きく伸びをした。俺は口の中の土を吐き出す。朝からのされていた。
「体術もたまにはいいねぇ。毎日だとしんどくてヤだけど」
 銀生は煙草を取り出し、火術で火をつけた。ぷかりとうまそうに吸っている。俺は痛い身体を無理矢理起こした。唇を噛み締め、服についた土を払う。
「もう終わりにしよっか。今日は試験なんでしょ?」
 いつもとさして変わらぬ時間なのに、銀生は言う。俺はプイと横を向いた。いまさら、何を言うか。
「あららー、昏ったらかわいくないのね。折角時間作ってあげたのに」
「なら行け」
 低く言い捨てた。殴られるのを覚悟する。でも。
「はいはい。じゃあ、テストがんばってね。カンニングはだめよ〜」
 失礼な言葉を残し、銀生は姿を消した。俺は拳を握る。そんなの、わかっている。
 中間テストか。今日は、歴史もあったな。
 右手の甲を見る。あれから何回か風呂に入っているから、漆原の文字は消えてしまった。頭にその範囲の知識は入れているが。
 あいつは、どうしてるだろうか。
 ふと思いだし、俺は素早く印を組んだ。遠見。碧を探す。
『覚えらんないよーー!』
 いきなり大音量。碧は半べそをかいていた。目の下に隈。どうやら一夜漬けらしい。
『そんなこと言ったって、眠いもんは眠いんだよっ』
 あいつはギャーギャー喚いていた。隣で黒髪の男が何か言ってるが、全然聞いていない。
『もうだめ!おれ、寝る!』
 急に、ばたりと碧は机に倒れ伏した。即行で寝ている。黒髪の男が起こそうとしているが、一向に起きる気配がない。
 あれは、追試確定だな。
 妙に自信をもって思いながら、おれは遠見をやめた。そろそろ時間だ。行かなくては。
 大きく息をつき、俺は家へと駆け出した。


 その日のテストは、難なくこなせた。どの教科の問題も、既に知っている知識だった。そして、最終の歴史。
 たいしたことないな。
 配られてきた用紙には、さして難しい問いは記載されていなかった。和の国のなりたち。歴代の御門。そして、一度だけ出てきた「昏周」。
 何?
 最後の問題に差しかかった時、鉛筆を持つ手が止まった。最後の記入問題。
「和の国の歴史を学び、自分にとって『生きる』ということはどういう意味を持つか、自由に述べなさい」
 思考が止まる。何を書いたらいいのかわからなかった。「生きる」、果たして俺は「生きて」いるのだろうか。「生かされている」ということは、生まれもってひしひしと感じて来たのだが。
 今、改めて考える。

 碧は俺に「生きろ」と言った。
 遥は人は、一人では生きてゆけないと言った。
 俺はただ、日々を受動的に生きているだけだ。
 それは、「生きる」ことなのだろうか。

 鐘が鳴る。物思いにふける間に、試験の時間が終了していた。俺はやむなく、最後の問題を空欄のまま、テスト用紙を提出した。
「昼休憩を取ります。その後は新実習についての説明があります。一時間後、講堂に集まってください」
 教師がそう告げて、教室を出ていった。実習の説明ならば自分には関係ない。俺は帰る支度をする。その時、藤食堂のおかみの弁当に気づいた。
 食べて帰るか。
 それはふとした気まぐれだった。ここでさっさと食べてしまって、即行で帰ればいい。空の弁当箱を手渡した時の、おかみの顔が浮かんだ。
 ならば。
 俺はすぐさま弁当箱を取り出し、風呂敷包みを解いた。中から色とりどりの、おかみのおかずが現れる。
 たけのことわかめの煮物か。遥が好きだったな。
 そう思って箸をつけた時だった。どやどやと教室が騒がしくなり、誰かが中に入ってくる。
「昏!今日という今日は逃がさないぞ!」
 エネルギー全開で宣言。俺はがくりと肩を落とした。もう勘弁したい、春日是清だった。
「卑怯者め、いつも逃げおって。さあ、表に出ろ!」
「断わる」
 即座に告げた。是清が激昂する。
「何を!」
「俺は弁当を食わねばならない。お前と遊んでいる暇はない」
「貴様!この是清が弁当に劣るというのかっ!」
 ばしん。是清の右手が振られた。おかみの作った弁当が、俺の手を離れてゆく。床へと向かって。
 ぐしゃり。
 弁当は、見事にひっくり返ってしまった。俺はぎりと奥歯を噛み締める。跪き、落ちた飯やたけのこなどを拾った。元どおり、弁当箱に戻す。
「早く来い!そんなものよいではないか!」
 是清が腕を掴む。瞬時に、振り払った。
「何をする!」
「・・・・・うるさい」
 低く、唸るように告げた。
「貴様、俺を誰だと・・・・」
「誰でもいい!」
 声を荒げる。周りの空気が凍った。構わず、次を放つ。
「ご希望通り、勝負してやる」
 目の前の春日是清を睨み付ける。その時初めて、俺は銀生以外の人間に明確な敵意を向けた。