異端 by(宰相 連改め)みなひ ACT6 その後。 演習場の一部破損と学生たちに恐怖を与えたことにより、俺は一ヶ月の学び舎停学と自宅謹慎を申し渡された。一時期、昏一族の俺を学び舎に入学させたことに対する賛否両論が湧き起こったが、それもいつの間にか、うやむやのままに消えていった。どうやら、銀生が裏で手をまわしたらしい。そして。 今回の件でもっとも何か言ってきそうな春日是清は、俺に対して訴訟を起こすでもなく、このことで俺の学び舎追放を叫ぶこともしなかった。春日家は公式見解も発表せず、静かになりを潜めている。このまま、時間が過ぎてゆくのを待つつもりらしい。 「しっかし、お前も厄介な奴だよねぇ。絡んでくる奴なんてさ、ちょいと『操作』してやりゃよかったのよ」 保護者呼び出しをくらった銀生が、面倒くさそうに言った。きっと奴はそうしてきたのだろう。確かに、それが一番手っ取り早いかも知れない。嫌悪感がある方法だということには、変わりはないけれど。 「なにはともあれ、お前もいい経験したよね。よかったじゃない。自分の力がわかって。次からは気をつけなさいよ?」 銀生の言うとおり、結果的にはいい経験なのかもしれない。己がどれだけ普通とは異なるかを知ることが、「いい経験」というのならば。 「あと半年待ちなさいよ。本格的に『御影』見習いになったら、砕破でも雷術でも好きに使ってもいいから。もちろん、自分で結界も張ってもらうよ。俺は水鏡じゃないからねー」 つまり、全部自分でやれということらしい。では、この男は何をするのか。半年後が空恐ろしい気がする。 「そうそう、お前の処分決める時、一人頑張ってたじーさんがいたよ。なんでかねぇ」 その人が誰か、察しがついた。彼が俺を止めてくれた。俺に気づかせてくれた。そうでなければ、俺は・・・・。 「ま、よく礼言っといたら?お前のこと、かわいいみたいだし」 言われなくともそのつもりでいた。この謹慎が解けたら、漆原先生に会いに行こう。俺はそう決心した。 「久しぶりですね。元気にしていましたか」 一ヶ月ぶりに会った漆原先生は、歴史資料室の椅子を俺に勧めた。 「はい。何とか・・・」 「そうですか、それはよかった」 温かい笑み。懐かしむような。遥も、時折こんな顔をした。 「あの時はびっくりしましたよ。廊下で錦織くんに出会って、いきなり第二演習場に担がれていったのですから」 小さく肩を竦め、漆原先生は言った。おれは目を見張る。錦織が、彼を連れてきたのか。 「そうそう、これを返していませんでしたね」 漆原先生は、一葉の紙を手渡した。俺は受け取る。中を見た。それは、あの中間テストだった。点数は満点。最後は、空白だったのに・・・・。 「最後の問題は、配点してません」 俺の考えを見透かすように、漆原先生は告げた。 「ただ、皆に過去の歴史を学んでもらって、その上で未来を考えて欲しかったから。未来をどう生きるか考えて欲しくて、あの問題を出しました」 未来。それが俺にあるのだろうか。あるのは日々の積み重ね。その先に、存在するのだろうか。 「でも、君を困らせてしまったようですね」 答案の空欄部分を指差し、漆原先生は言った。俺は俯く。何と答えていいのかわからなかった。 「昔、私は一人の『昏』を知っていました」 ぽつりと出された言葉に、俺は目を見張った。やはり、この人は。 「先生、その人は・・・・」 「詳しく告げることは出来ませんが、彼は一族から離れて暮らしていました」 「一族から?」 「はい。だから私は『昏』と言えば、その男しか知りません。一族のことはなにも・・・。けれど」 「けれど?」 「その男も、あなたと同じに暮らしていましたよ。自分の存在理由を探し、迷い、悩みながら生きていました。彼は自分の為したことを受け止め、償いきってこの世を去りました」 昏。俺の属した一族に、そんな人がいたとは。 「いつか、君が大人になった時、彼のことを伝えられればと思います」 遠い眼差し。穏やかに笑いながら、漆原先生は俺に告げた。 日々は続いてゆく。 俺は今も、学び舎と訓練の生活をおくっている。 銀生は相変わらずだし、是清も懲りない。しかし、少しだけ態度が変わったようだ。 時々垣間見る碧は、いつでも楽しそうにしている。 藤食堂のおかみは元気だし、漆原先生は黙々と歴史を教えている。 それぞれの人の前に、それぞれの時間は流れて続けている。 人とは異なりはしているけれども、たぶん、それは俺の前にも。 終わり |