今、ここに在ること  by (宰相 連改め)みなひ




ACT6

 見ているだけでよかった。
 時折、遠見でどう暮らしているか、視るだけで。
 限定された中ではあったが、あいつは受け入れられて暮らしていた。
 笑って過ごしていたのだ。
 俺などに、関わらなくても。


「こーんなところに隠れてたの〜」
 いつもの声がした。気をカムフラージュしても感知してくる。同じ「昏」であるかぎり、仕方がないことなのだが。
「せっかく感動の再会だったのにさー。お前、逃げちゃ駄目でしょ?」
「銀生、どういうことだ」
 窺う顔を思いきり睨み付けた。少しもこの男に効かないことくらい、重々にわかっている。それでもせずにはいられなかった。
「どういうことって、お前とあの子が再会しただけでしょ?せっかく好意持ってたのに、冷たくしちゃってさー」
「うるさい。俺は、会いたくなんてなかった」
 吐き捨てるように言う。そうだ。望んでなどいなかった。あいつは幸せに暮らしていたのに。研究所から桐野の家に引き取られ、桐野碧という名前ももらって。今さら、会う必要などなかったはずだ。
「どーしてそう、拒むかなー。あの子はお前に蒼眼を出させる程の結界能力を秘めていて、お前の『水鏡』になれるかもしれない。いい事だと思うよ」
「俺は『水鏡』などいらない。あんたもそうだろう。上がどうしてもと望むんなら、あんたと俺が組めばいい」
「それは困るのよ。俺はお前の『御影』なんてする気はないし、『水鏡』なんてまっぴらだ。それに、不毛じゃない?『昏』同士でさー。とにかく、お前みたいなかわいげのないのと一緒なんて、やなの」
 思わず嫌悪に顔を歪めた。何を言ってやがる。学び舎に入ったばかりの俺を、特殊訓練と名打って自分の任務に組み込みやがったくせに。
「あいつじゃなくとも、『水鏡』はいくらでもいる。なぜだ」
「そうだねぇ。いるよ。普通の『水鏡』は。でも、そいつらじゃお前を止められない。俺以外でお前の力に抵抗できる奴なんて、御影本部でも一人しかいないよ」
「じゃあ、そいつでいい」
「駄目だよ〜。そいつ、水木って言ってね、ひどく選り好みする奴なの。食えないからちっとやそっとじゃ動かないし。まあ、お前の容姿なら合格だろうけど。わざわざあいつがお前の『水鏡』になるとは思えない。何より、俺との相性、最悪よ」
「俺とは関係ない」
 冷たく返した。誰だっていいのだ。皆同じ。最初から「水鏡」に頼る気などない。「飾り」でいてくれればいいのだ。
「関係あるよー。お前は一生、俺の管轄下だし。お前の相棒も俺の下に入ってくれなきゃ。だから、水木はダメ」
「知ったことか!」
 苦々しく言い捨てた。全ては上と銀生の事情。俺に選択権などない。
「とにかくさー、普通の奴じゃ駄目なのよ。『昏』の力に引きずり込まれて、発狂だってしかねない。その点あの子は、お前の攻撃に耐えたじゃない。それどころか、一瞬でもお前に『本気』を出させた。すっごい有力な候補よ」
「あいつだって普通だ!他の奴らと、何も変わりはしない!」
 ついに声を荒げた。しかし、銀生はびくともしない。それどころか、面白そうに俺を見ている。
「昏。幸いあの子はお前の本当の姿を覚えていないし、自分も迫害されて育っているから、『昏』に対する潜入感も嫌悪感もない。お前はお前であの子をずっと見守ってきた。俺もあの子なら動かしやすい。こりゃ、絶好の組み合わせだと思うよ」
「あいつの意識を読んだのか!」
 怒りに任せて叫んだ。「昏」であるが故に、可能な能力。忌々しい、人の頭を覗く力。
「あったりまえでしょ?あの子はお前の相棒になるかも知れないのよ。お前に危害をなさないか、俺には確かめる必要があるじゃない」
「あいつなど俺の相手にならない。あんたも分かっているはずだ!」
「今の所はね。でも、人には疑いや怖れの心がある。お前の大きらいな、憎しみの心もね。ましてや、お前はあの子に心を許している」
「許してなどいない!」
 叫びながら衝撃波を放った。ひょいと銀生が避ける。次の瞬間、後ろから首を締められた。
「ほらー、ムキになる所がいかにもでしょ?普段はあーんなにすかしてるくせに。まだまだだねぇ。お前、動揺したら隙だらけよ」
「ぐっ・・・・だま・・・れ」
 にやにやと笑いながら、銀生が更に首を絞めあげた。息が出来ない。出口を失った血が逆流する。ふっと視界が霞みかけた時、絞めあげる腕が緩んだ。やっとの事で逃れ、丸まって咳き込む。真っ黒な視界。ガンガンと頭痛がした。
「ものは試しって言うでしょ? あの子が本当にお前の『水鏡』務まらないか、お前自身が確かめてみればいい。どうせお前、あの子を拒みきれないんだから。だったら,あの子が辞退するよう仕向ければいい。それなら、上も納得すると思うよ?」
 宥めるように銀生。咳き込みながら思った。お前が上に報告したくせに。俺があいつを助けるために、「昏」の力を出してしまったことを。 
「そゆことだから。明日の同じ時間、今日の場所に来なさいねー」
 言いたいことを言って銀生が消えた。俺はやっと収まりつつある咳を堪えながら、強く唇を噛み締めた。


 碧が学び舎に入っていたのは知っていた。だが、あいつは「水鏡」。俺は「御影」。学ぶ場所が違う。それに、俺は殆どの間、銀生と任務に入っていた。
 あいつと俺の接点などない。作る気もなかった。なのに。
 俺はあの時、またあいつを助けてしまった。
「昏、俺と賭けてみない?」
 学び舎卒業の二ヶ月前、銀生が言った。
「賭けなどしない」
「そんなー、愛想のないこと言わないでさ。お前が勝ったら、休みくらいやってもいいよ」
 別に休みが欲しいわけじゃなかった。それでも、ここのところ任務続きだったし、ゆっくり身体を休めるのもいいと思ってしまったのだ。

 藤食堂の弁当を食って。
 身体を休めて。
 あいつの様子を、ゆっくり視る。

 元気な声も。くるくるとよく動く碧い瞳も。明るい笑顔も。
 久しぶりに、堪能しようと思っていた。
「簡単だよー。学び舎最後の合同訓練。あれに参加するのよ。それも、参加時間と戦力にハンデをつけてね。面白そうでしょ?」
 面白いとは思わなかった。ただ、少し休めればいい。学び舎に関係しているものだったら、あいつの戦う様子を視ることもできる。それもいいかと思ったのだ。
 そうして、俺は学び舎の合同訓練に参加した。圧倒的に不利な東軍で。終了一時間前に出撃という条件で。訓練が終了するまでに東軍を勝利に導くというのが、賭けに勝つ条件だった。
 最初は簡単だと思った。西軍の「御影」候補達に、大した輩はいない。むしろ、攻撃のみに力が片寄っていて、自らの防御を「水鏡」候補達に頼っている面さえあった。
 あと、少しだな。
 攻撃を初めてすぐ、大体のメドがついた。この分だといくらも掛からない。そう予測した。だが、しかし。
 本隊に攻撃を仕掛け始めた時、俺の予想はくつがえった。突然、本隊の結界の中に、強固な防御結界が張られたのだ。結界のぶつかる音。俺の結界を押してきている。
 新手か?
 おもしろい。
 興味を持って押し返した。結界を張ってる奴の意識を探る。こんな奴が、学び舎にいたのか。
 視えない。
 一瞬、少なからず動揺した。俺の力を相手は撥ね返している。術の存在は感じない。ということは、おそらく意志の力。
 来る。
 とっさに結界を固めた。次の瞬間、横一文字の攻撃結界。まさか、あの結界の上に攻撃結界を重ねてくるとは。
 誰だ。
 これは誰なのだ。俺の能力に屈せず、ここまでの結界を張れる奴。誰だか知りたいと思ってしまった。

 もっと。
 もう少し。

 ぴしん。
 その音で気付いた。まずい。「昏」の力を一部解放してしまった。相手の結界が弾けてゆく。術者が危ない。
 バシィッ!
 なんとか間にあった。相手の前面に移動し、向かってくる結界の欠け片を攻撃結界で砕く。
「大丈夫か」
 振り向いて相手の術者を見た。目に飛びこむ碧。見開かれた大きな瞳。間違うはずがない。

 碧。
 お前だったのか。

「すまない。おまえの結界が思ったより強かったから、加減が利かなかった」
 なんとかそれだけを言った。高く飛び上がる。俺は何かに駆られ、全速力でそこを離れていた。
「楽勝だと思ったけどねぇ。お前らしくないじゃない。なーんかあったのかな?」
 後で銀生に訊かれたが、俺は碧のことを黙っていた。知られたくなかった。自分に「本気」を出させる人物がいたことを。それが、あいつだということを。だけど。
「よう。初めまして、じゃないよな?」 
 あいつは俺の前に現れた。俺の「水鏡」候補として。
「その、この間はサンキュな。見ての通り、おれ、時々結界暴発させちゃうんだ」
 あいつは覚えていた。一瞬会っただけの俺を。
「決めつけんなよな!試してもないくせにっ!」
 答えなどもう出ている。お前を、「昏」の呪縛に巻き込むわけにはいかない。お前は自由に生きてゆけるのだ。俺などに関わらなければ。
「ものは試しって言うでしょ? あの子が本当にお前の『水鏡』務まらないか、お前自身が確かめてみればいい」
 軽い口調で、銀生はそう言った。きっとあれは奴の策略。何か、目論んでいる。

 させるか。
 どんな企みがあろうと、あいつを巻き込ませたりしない。
 
 拳を握った。きっと諦めさせる。俺の前から、お前を去らせてみせる。お前をお前の世界に、俺などいない世界に、帰すのだ。
「・・・・必ず、だ」
 俺は一人呟き、固く唇を結んだ。