今、ここに在ること
  by (宰相 連改め)みなひ




ACT5

 偶然だけど会えた。
 おれの頭の中から、離れなかった奴。
 昏。


「よう。初めまして、じゃないよな?」
 ドキドキしながら集会室に入った。覚えてるかな?それとも、一瞬だったから忘れちゃっただろうか。否。覚えてないはずがない。
 こいつは言ったんだ。おれの結界が強かったって。だから、加減が利かなかったって。
「その、この間はサンキュな。見ての通り、おれ、時々結界暴発させちゃうんだ」
 まずは礼を言いたかった。暴発から助けてくれたことの。照れながら言い終わり、昏の方を見た。
 
 無表情。
 
 あいつは微動だにしなかった。視線一つ合わそうとしない。まるで、おれなんてその場にいないみたいに。
「なあ。ひょっとして、覚えてないのか?」 
 疑問に思って尋ねた。そりゃ、ちょっとだけしか会ってないけど、反応くらい欲しかった。でも。

 無言。

 昏は一言も発しなかった。唇は結ばれたまま。まるで、おれの声なんて聞こえなかったみたいに。
 どうしてだろう。そう思っていやなことを思いだした。初めておれを見た時の、大人たちの反応を。もう慣れてしまったけれど、それは一様に驚きや嫌悪、異端を示していた。まさか、こいつもおれの姿に驚いている?
「びっくりしたんならごめんな。実はさ、ちらっとしか会ってないんだけどおれ達、二ヶ月前の合同訓練の時・・・・・」
「何しに来た」
 必死に説明しようとした言葉は、いきなり遮られた。低く、固い声。
「何って、おれは呼ばれてここにきたんだぞっ」
 むっとして言い返せば、あからさまに怪訝な目で見られた。なんだよこいつ。カンジ悪い。
「う、疑ってんのかよ!本当なんだからなっ。中央から知らせが来たんだ。ある人の『水鏡』をやり遂げたら、『御影』の宣旨を受けられるんだって。そしたら、配属場所も決まるんだ!」
「無理だな」
 言い放った言葉は、即答で切り捨てられてしまった。カッと頭に血が上がってゆく。やっぱり、こいつも同じなのだろうか。おれを見て眉を顰める者たちと。
「なんで無理なんだよっ!」
「無理だから、無理だと言った」
「どうしてっ」
 詰め寄って言う。睨み付けるおれの視線に、昏はものともしなかった。無感動に見つめ、口を開く。
「お前が『水鏡』候補だと言うのなら、お前の相手は俺だろう」
「えっ」
「俺はここで、『水鏡』を待つように言われている」
「それならっ」
「だからこそ、お前には俺の『水鏡』は務まらない」
 断定。ぴしゃりと言い渡された。一瞬、怒りに声を忘れる。
「決めつけんなよな!試してもないくせにっ!」
「だが、俺は昏一族だ」
「知ってるよ!」
 大きく言い放った。そんなの知ってる。おれだっていろいろ調べたんだ。何が言いたい。
「俺はおおよその『水鏡』より、遥かにましな結界が張れる」
「それがどうしたって言うんだっ」
「わからないか?」
 じろりと見られた。反らさない視線。感情の見えなかった目の中に、僅かな波。明らかに昏も苛立ち始めている。
「一人で『御影』も『水鏡』もこなせる者が、どうして他の『水鏡』を必要とする。それも、結界一つ、満足に張れない者を」
「くっ」
 言葉に詰まった。でもそれは事実。悔しいけど。
「力の安定しない奴が、俺を抑えられるわけがない。それこそ命とりになる。帰れ」
「いやだ!」
「死ぬぞ」
「うるさい!」
「ねえ、もうそれ位にしない?」
 睨み合いになっていたおれ達に、のんびりとした声が投げられた。ハッとそちらを見やる。声のした方角に、長身の男がいた。黒髪。切れ長の黒眼。だらしなく壁にもたれて立っている。
「銀生、邪魔をするな」
 昏が言った。二人は知り合いなのだろうか。
「昏〜。相棒いじめちゃ駄目でしょ?もっとナカヨクしなきゃ」
 あいつの言葉に、男はボリボリと頭を掻きながら答えた。よっこらしょと壁から身を離し、ぶらぶらとこちらにやってくる。
「桐野碧だっけ?俺、社銀生っていうの。よろしく〜」
 にこりと微笑まれた。目の端に小さく笑い皺が浮かぶ。なんとなくホッとした。怪しい人とかじゃ、ないらしい。
「あんた、何者?」
「うーんと、言うなれば指導教官って感じかねぇ。本当は上司になる予定なんだけど。お前達の配属される部署って、まだ創設されてないから」
「先生みたいなもん?」
「そうそう〜、そんなもんだね。お前達がうまくやってけるか、見定める役目なの。こいつ、無愛想でかわいげない奴だけど、よろしくねー」
「触るな」
 頭を撫でようとやられた手を、あいつはパシンと振り払った。むっつりと黙り込んでいる。
「あらら、まーた拗ねてるよ。ごめんねー。どーしてだか、わがままに育っちゃってさー。ま、根は悪い奴じゃないから。相棒、頑張ってよね」
「違う」
 ぼそりと昏が言った。じろりとこちらを睨み付ける。明らかに、さっきより怒っているのがわかった。
「そいつはまだ、相棒と決まったわけじゃない」
「何をっ」
「いい加減にしろ」
 ぴしりと男が告げた。あいつが唇を結ぶ。横を向いた。
「この子も言ってたでしょ?やってもないうちから、そんなこと言うんじゃないの。忘れたの?この子はお前にアレを出させたのよ」
「黙れ!」
 あいつが叫んだ。キッとおれをねめつけた後、片手で印を組む。
 フィンッ。
 微かな音と共に、昏の姿が消えた。一瞬で消えてしまったのだ。
「逃げちゃったねぇ」
 別段気にしないという体で、銀生と呼ばれた人が言う。
「ま、具体的な訓練は明日からだから。明日もこの時間、ここに来てね。じゃ」
 昏と同じ音をたてて、おれ達の指導教官と言った男が消えた。同じように掻き消えてしまったのだ。
「・・・・・なんだよ」
 やたら性格の悪い相棒候補と、掴みどころのない指導教官。術だろうか、一瞬で消えた二人を訝しく感じながら、おれはため息をついた。


 翌日より、おれと昏の訓練が始まった。
 それは、おれ達が「御影」と「水鏡」、互いに一対のものとしてやっていけるかを見極める訓練だった。