今、ここに在ること  by (宰相 連改め)みなひ




ACT4

 初めて見た顔のはずなのに、どこかで会った気がする。
 聞いたことない声のはずなのに、いつか聞いた言葉を言う。
 あいつ、誰だ?


「碧、あんた見直したわ」
 合同訓練が終わり、家路へと向かう道すがら、一葉が言った。
「な、なんだよ。気味悪い」
 聞き慣れない事を言うから、少し退いてしまった。上目づかいで友人を見る。
「何よー、この一葉さんが誉めてやってんのよ。文句ある?」
「ないけど、だって・・・」
「口尖らせてんじゃないの。あたしはあんたをすごいと思ったから誉めてるのよ。素直に喜びなさい」
 ぴしりと言われてしまった。誉められてるというよりは、なんだか怒られてるような気がするけれど。おれは一応、頷いた。
「本当にあんた、すごかったわよ。暴発だなんだって言っても、あの攻撃を止めたんだから。おかげであたし達西軍は、より有利な就職条件になったんだもの」
 触れて欲しくなかった所を一突きにされた。おれは口をへの字に曲げる。むっつりと黙り込んだ。
「どうしたの?」
 不機嫌を見てとったのか、一葉が覗きこんできた。くるくるとよく回る目が、こちらを伺っている。
「おれじゃない」
「え?」
「あれ、おれが止めたわけじゃないんだ。あっちが勝手に攻撃をやめた。それどころか、おれの張ってた結界が暴発しちゃって、逆に守られちゃったんだ」
 一気に言って肩を竦めた。なんともかっこわるい。でも事実だ。
「はあ・・・・・そうなの」
 まんまる。大きな目を更に見開いて一葉が言った。
「だからさ、おれ全然すごくないの。全部あいつがやったんだ」
「あいつって?」
「え?攻撃してきた奴だよ」
「奴って、複数じゃなかったの?」
「うん。一人だったぜ」
 驚く一葉の問いに、おれは素直に答えた。銀色の光に包まれていたのは、紛れもなく一人。あの、黒髪黒眼の奴だけ。
「一人で・・・・あれをやったの」
「ああ。あいつ、言ってたぜ。おれの結界が思ったより強かったから、加減が利かなかったって」
 ちょっとだけ威張って言ってみた。おれだって全然、役に立たなかった訳じゃないことを。
「わかった!」
 少しの間考え込んでいた一葉が手を叩いた。今度はおれがびっくりする。気付いてか、一葉が口を開いた。
「わかったわ。その攻撃をしていた人、昏君よ」
「へ?」
「両軍の力が片寄ってしまうから、合同訓練には出ないって聞いてたのに。だから西軍はずっと優勢で、あの時間になって出てきたのね。さすが昏一族だわ」
「昏?昏一族ってなんだよっ」
 聞き慣れない名前を聞いて、思わず尋ねた。一葉が不思議そうに見ている。
「なあ。それ、何なんだよ」
 重ねて聞けば、友人はため息をついた。
「いくら『水鏡』クラスだからって、それくらい知ってるかと思ってたのに。まあ、藍さんが教えるわけないか」
 苦笑しながら一葉が言う。言葉を継いだ。
「昏一族ってのはね、幻の一族って言われてるわ。昔は和の国最強と言われてたらしいけど、今では昏君一人。実力はあの通りで、『御影』候補組では常に首席だって噂よ。私が知ってるのはそれくらいかな」
「ふうん・・・・・すごいな」
 しみじみと感心する。常に首席。それも「御影」候補。実技はともかく、筆記試験で万年赤点のおれとは大違いだ。
「あんたって自分の興味ある方しか見てないもんね。で、なに?気になるの?」
「うん。一応、助けてもらったし。どんな奴かなと」
「じゃ、まことちゃんに訊いといてあげるわ。まことちゃん、『御影』候補組だから」
 まことちゃんというのは錦織誠(にしきおり まこと)と言い、一葉のボーイフレンドだ。もとはおれ達と同じく、桐野家の経営する孤児院の出身でもある。
「ああ、頼むな」
「はいはい、またね」
「またな」
 辻を右に曲がってゆく一葉を、おれはしばし見送った。後ろ姿が小さくなったところで、おれも左へと曲がった。
 昏。
 それが初めて知った、あいつの名前だった。


「なあなあ、藍兄ちゃん」
 書き物をしている背中に尋ねる。黒髪がさらりと動いて、藍兄ちゃんが振り向いた。
「なんだ?」
「あのさ、訊きたいことがあるんだけど」
「だから、なんだ?」
 僅かに首を傾げられる。微笑み。何故だかほっとした。口を開く。
「兄ちゃん、昏一族って知ってる?」
 思いきって訊いた。実はちょっと焦っていたから。合同訓練から一月。一葉がまことちゃんからの情報をくれたが、それは最初に聞いた内容とさして変わりなかった。
『昏君はめったに口をきかないんですって。必要な時以外、誰とも喋らない。それに、別カリキュラムが多いらしくて、一緒になるのは学科授業くらいですって』
 一葉の言葉が思いだされる。ため息がでた。
「碧」
 固い声で呼ばれた。はっと顔を上げる。少し、ぼうっとしていた。
「知っているが、それを聞いてどうする?」
 真っ黒な目が見据える。藍兄ちゃん、怖い顔していた。
「え?訓練の時、ちょっと見たから。一葉に昏一族だって聞いて・・・・」
 しどろもどろに答える。動揺した。どうして義兄がそんな顔をするのか、分からなかったから。
「そうか。だが、知らなくていい」
 いきなり断じられた。理由がわからず、憤慨する。
「どうしてだよっ!」
「昏一族はいろいろと問題を抱えている。それも、人々に忌まれるという方面で、だ。関り合いにならない方が得策だと思う。ただでも、おまえは外に敵が多い」
「問題って、人々に忌まれるって、おれと同じなのか?」
「違う。もっと性質が悪い。だが、それは和の国の機密だ。公に言うことはできない。おまえにそれを言えば、おれは処罰を受けることになってしまう」
 理路整然と言われてしまった。ぴしゃりと戸が閉まるような言い方。こんな藍兄ちゃんは、ちょっと苦手だ。
「ごめん。少し気になっただけなんだ。だから・・・・・」
「いろいろ聞くとは思う。だが、もうすぐ卒業だろう?しっかり実力をつけなければ。つまらない奴はたくさんいる。誰に足を掬われるとも限らないからな」
 心配そうに覗きこまれる。こんな藍兄ちゃんには弱い。真剣におれのことを心配しているのがわかるから、尚更何も言えなくなってしまう。おれはただ、頷いた。
「明日、結界術見てやろうか?」
 しょげるおれを見計らうように、藍兄ちゃんが言った。
「ええーっ、本当?」
「本当だ。休みだからな。そのあと、久々に何か食いに行こう」
「やったー!」
 外食と聞いてころりと切り替わってしまう。半分は藍兄ちゃんへのサービスだけど、外食は楽しみだから。
「ねえねえ、焼き鳥でもいい?」
 すかさずオーダーを出したおれに、藍兄ちゃんは笑って頷いた。
 なんだか食いもんに釣られた気がしないでもないけど、まあよしとした。


 一ヶ月後。
 結局、おれは昏という奴の大した情報も仕入れられず、学び舎を卒業した。
 卒業後一ヶ月しても、おれの正式な配属先は決まらなかった。就職浪人かと諦めていた頃、一つの知らせが届いた。
 それは、ある人物の「水鏡」を務められることができれば、「御影」の宣旨を受けることができる。それと同時に、近々創設される部署に配属を許すという内容のものだった。
「斎の時も補欠などと特殊な形だったが、今回も特殊過ぎる。碧、気をつけるんだぞ」
 心配する藍兄ちゃんに見送られて、指定された場所へと向かった。
 軍務省の片隅にある、取り壊し寸前の(実はその予定らしい)独身寮。集合場所である集会室には、思わぬ奴がいた。
 黒い瞳。黒い髪。一瞬見ただけだったけど、忘れられなかった顔。
 昏という名の、あいつだった。