今、ここに在ること by (宰相 連改め)みなひ ACT38 まっしろな空間に、おれはいた。 ふと思いだす。そうだ、あいつを探さなきゃ。 キョロキョロと辺りを見回した。どこに向かおう。 どこかな、あいつのにおいは・・・・・あっちだ。 しばらく駆けたら人影が見えた。輝く銀髪。あいつだ。 「なあ!」 おれは声を掛けた。だけど、あいつには聞こえないらしい。 「おいってば!」 更に声を張り上げる。後ろ姿は動かない。頭にきた。 「こっち向けってば!おれ、わかったんだぞ!おまえが誰かっ!」 大声で叫んだ時、目が覚めた。 瞼を開けた。ぼんやりと何かが見える。蒼色。肌色。銀色。 「起きたか?」 耳打つ声でわかった。これ・・・・・そうだ、昏だ。 「昏っ」 起き上がろうとして目眩いに沈んだ。おかしい。どうしてこんな、力が入らないんだ? 「無理はするな」 額に何かが置かれた。少し冷たい、あいつの手。 「・・・・・気持ちいー」 目を閉じて言った。冷たさが肌に沁みる。少し、熱があるのかもしれない。仕方ないよな。あんなにたくさん結界張ったの、初めてだったから。 「そうだ、結界っ!」 いきなり思いだした。意識を失う前、自分が任務中だったことを。おれは初めて複数の結界を張り、限界に達してしまったのだ。 「なあなあっ、おれ、結界暴走させた?」 訊きながら起き上がろうとした。でも。額を押える手が、それを許さない。 「おいっ!」 憤慨して言った。黙ってないで何か言えよ。どうなんだ。 「心配するな」 額の手を外しながら、昏が言った。言葉を継ぐ。 「暴走などしていない。お前は意識を失った後も、結界を維持し続けていた」 「じゃあ・・・」 「そうだ。任務は完了した。今頃桧垣殿が後片づけをしている」 僅かに口元を引き上げて、あいつは告げた。任務完了。やったんだ! 「そっかー!って、ん?」 にっかり笑おうとして、影になっていることに気づいた。昏が覗きこんでいる。目の前に蒼が広がった。 「お前・・・・・思い出していたんだな」 囁かれて何かと考える。そうか、こいつのことか。 「うん」 「いつから、なんだ?」 頷くおれに、昏はぎこちなく尋ねた。おれは首をひねる。いつって、いつだろ? 「うーん、よくわかんない。けど、その姿ではっきり、だな」 いつも頭の中にあった。ぼんやりと霞のかかった記憶。おまえの顔さえ忘れていたけど、生きていた想い。『おまえに会いたい』という。 「昏」 名前を呼んだ。あの時は知りもしなかった名前を。あいつが瞳で応える。 「隠してるなんて、根性悪いぞ」 敢えて言った。これまでいろんなメに合わされたんだ。このくらい、言ってやらなきゃ。 「好きで隠していたわけじゃない。『昏』の姿は、禁忌だ」 少しムッとしながら、あいつが返した。おれはおかしくなる。その顔、おれの知ってる顔だ。 「そんなの、いいわけだぞ!」 首に腕を捲きつけて、ぐいと引き下ろす。 「碧、おい!」 バランスを崩した昏が、おれの上へと倒れ込んだ。くっつく頬と頬。肌を伝わる熱。あいつのにおい。 「おれたち・・・・やったな・・・」 体温を味わいながら囁いた。任務をやり遂げたことも。ちゃんと出会えたことも。これから一緒にいられることも。すべてが、うれしい。 「ああ。お前の功績だ」 身体を離すことなく、昏が言った。おれはもっとうれしくなる。あいつが、認めてくれた。 「やったー!」 ぎゅっと腕に力を込めた。更に身体が密着する。なぜだろう、昏が欲しい。 「な、しよっか」 身体を離したあいつに告げた。あいつが大きく目を見張る。せっかく会えたんだ。御祝いと大サービス。もっと昏に近づきたい。 「なんだよー、ヤなの?」 唇を合わせようとした時、昏が顔を退いた。心持ち不機嫌で尋ねる。任務は終わった。あいつが誰かだってわかった。気持ちだって変わらない。なのに、何で拒むんだ。 「ここでは駄目だ」 「へ?」 「場所が悪い」 まんまると目を見開くおれに、苦虫を噛みつぶしたような顔で昏が言う。 「場所って、ここどこ?」 そろそろ上体を起こして訊いた。背中を昏が支えてくれる。きょろきょろと回りを見渡した。知らない部屋。ひょっとしてまだ西央の砦なのだろうか。閃さんや是清のいる所なら、するのはさすがにまずい。 「拘束室だ。普段封印しているためか、俺はこの姿になってしまったら、まる一日はもとに戻らない。だから、隔離されている」 「もしかして、西央?」 「いや。都だ」 「都だって?」 確かに砦内の一室には見えなかった。高そうな家具にふかふかの蒲団。床の間とおぼしき所には、何の字かわからない書が飾ってある。 都って・・・・確か、西央の砦に行くときは、三日ぐらいかかったよな? 「任務が終ってすぐ、俺が転移の術でお前をここに運んだ」 疑問が顔に出ていたのか、昏が説明補足した。なるほど。あの消えちゃう術か。 「ふーん、そっか」 西央じゃないなら、いいよな。 根拠もなくそう思った。幸い、回りに気配はない。なにより、早くあいつに触れたい。 「カクリってことは、皆と離れてんだろ?」 「もちろんだ」 「まる一日ってことは、当分二人きりなんだよな?」 「ああ」 「なら、いいじゃん」 言いながら押し倒そうとした。動かない。昏がふん張っている。 「もうっ!まだテイコーすんのかよ!」 頭にキながら言った。昏の奴、いい加減にしろ。おれを拒むなんて、今さら許さないぞ。 「おまえ、任務終わったらやってイイか訊いたじゃんっ」 「違う。お前を拒んでいるんじゃない。場所が駄目だと言っている」 「えーっ!どうしてだよっ!」 「そうよ、いいじゃない〜」 聞き覚えのある声が響いた。おれはハッとそちらを向く。そこには、銀生さんが立っていた。 「昏ったらー、せっかく碧が誘ってるんだよ?受けてやるのが男ってもんじゃない」 「黙れ」 昏が睨んだ。けれどいつもどおり、銀生さんは動じない。 「確かにここは俺ん家だけど、別に気にしなくていいのよ。任務も終わったんだし。なんなら、風呂まで結界広げてやろうか?」 「うるさい!さっさと上へ行け!」 バシン。あいつが片手を振った。衝撃波。銀生さんがひらりと躱す。壁に大きく亀裂が入った。 「あーあ、やっちゃった。これじゃあ結界の効力、半減だわ」 壁をみつめながら、銀生さんが言う。やっぱり面白そうな顔。 「まーいっか。俺としちゃあ、かわいい昏がどれだけ成長したか、ばっちり見届けたかったんだけどねー」 バシン。 二度目の衝撃。壁の亀裂が増える。 「はいはい、そろそろ退散するよ。二人っきりの時間だもんねー。そうそう、明日の朝、直で冠さまン所行ってよ。正式に『対』として任命するから。それとここの請求書、お前に回すからよろしくー」 言いたいことを言って、銀生さんは消えた。転移の術らしい。後には、おれたち二人が残った。 気まずい。 流れる沈黙に思った。張り詰めてしまった空気にイライラする。こういうのが、一番いやだ。 「『銀鬼』の姿になってしまったら、俺は回りに影響を及ぼさないよう、元に戻るまで銀生の結界下に隔離される。ここは、奴の家の地下だ」 しばらくして、ひどく言いにくそうに昏が言った。おれは少し呆れる。銀生さんの家なら家って、早く言えばいいじゃん。 「じゃ、仕方ないよなー。ざーんねん」 ごろりと横になった。ふて寝を決め込む。 「休むのか?」 蒲団を掛けながら昏が訊いた。 「うん。やることねーもん」 目を瞑りながら答える。その時。 ぐう。 聞き慣れた音で思いだした。胃袋の訴え。空腹。 「腹減ったー」 再び目を開けながら言った。昏が目を見張る。立ち上がり、部屋の隅にあるダンボールの中をガサガサと探った。 「これしかない」 手渡されたものを見て、げんなりした。これ、あいつの簡易栄養食だ。 「ええーっ、これ?やだよー」 「仕方ないだろ。ここは俺用の拘束室だ」 「弁当食べたいっ。藤おばちゃんの弁当」 「無理言うな」 口を尖らすおれに、昏はぴしりと返した。腹は減ってるけど、身体もだるいけど、気持ちいい時間。 あ、これだよな。 ふと答えが出てきた。おれに与えられた宿題の答え。 おれが昏の水鏡でいたい理由。 こいつだから。 他の誰でもない、こいつだからおれは水鏡でいたい。一緒にいたいのだ。 「昏」 名前を呼んだ。あいつが応える。蒼い瞳と銀糸の姿で。整い過ぎた顔で。 いつもつきまとっていた。きれいな外見も、無愛想も、意地悪で優しい中身も好きだったから。そして今も、好きだ。 「あきらめろよ」 まっすぐ見つめて言った。昏が見つめ返す。 「おれ、一生お前につきまとうからな」 きっぱりと宣言した。一緒にいたいから、認められていたいから、おれはお前につきまとう。もちろん、離れてなんかやらない。 「そうか」 ぼそりと昏が言った。口元が弧を描いてゆく。すこぶる、きれいに。 「のぞむところだ」 おれの人生最大の挑戦を、相棒は最高の笑顔で受けた。 エピローグへ |