今、ここに在ること by (宰相 連改め)みなひ ACT37 「思ったより手ごわい奴のようだ」 ちらりと背後を見ながら、昏が言った。 「おそらく俺が『中継物』を乗っ取ったことに、気づいていたのだろう。だから障壁を張り、こちらの出方を待っていたな」 炎と黒煙を前に、あいつが印を組む。封印結界。炎を取り囲んだ。瞬時に炎が消し止められる。 「あ、すごい。どうやんの?」 「結界内の空気を抜いただけだ」 「そっかー、あったまいい!」 まともに感心したら、昏はなんとも不機嫌な顔をした。 「そんなことはいい。誰でも思いつく」 あいつの言葉に、おれは首を傾げた。そうかな。誰でもってわけじゃないと思うけど。 「結界を維持しながら走れるか?」 考えるおれをよそに、昏が訊いた。反射的に頷く。 「あ?ああ!なんとか」 「そうか。では、移動する」 「ええっ」 いきなりで驚いた。先が見えない。移動って、どこに? 「どうしてだよ」 「状況が変わった。『中継物』とネズミが消されたことで、術者への気の逆送はできなくなってしまった」 「それ、まずいじゃん!」 いくらおれでもそれくらいはわかった。メインとなるべき手段を、とれなくなってしまったのだ。 「どーすんだよっ」 「まだ手はある。術者が近くにいるのならば、探し出して始末すればいい」 「あっ、そうか!」 ようやくわかってきた。敵を直接攻撃するため、場所を移動するのだ。 「ともかく、ここでは条件が悪い。それに、これ以上内部に攻撃を受けたら、俺達自身が危険だ」 「おっけー!瓦礫の下敷きなんかになったら、洒落にならないもんな」 「そういうことだ。いくぞ」 言葉と同時にあいつが駆けた。どんどん背中が遠ざかる。自分達を包む結界を乱さないようにしながら、おれも後を追った。長い通路を走る。階段を上へ上へと駆けた。 『おーい、爆発したみたいだけど大丈夫〜?』 移動中遠話が響いた。閃さんからだった。 『うん。昏が結界で抑え込んだから。消火もしたよ。壁と床は黒こげんなったけど』 事実をありのままに答える。 『あららー。ま、壁は直しゃあいいか。もしかして移動してる?』 別段焦った様子もなく、閃さんが訊いた。 『ああ。直接術者を叩く。その為に有利な場所へ移動している」 今度は昏が答える。 『了解。ヘルプはいんないのね?』 『必要ない。そちらは引き続き、結界を維持してくれ。できるだけ早く済ませる』 『よろしく。んじゃ、きっちり仕留めてね。南側は気にしなくていいから。碧ちゃんもがんばってね〜』 『さんきゅ』 閃さんの遠話はそこで切れた。昏がさらに足を速める。ほどなく、光が見えてきた。外だ。 「止まれ」 出口直前で昏が足を止めた。後ろから来ていたおれは、勢い余ってぶつかりそうになる。 「うわっ」 「何をしている。また結界が緩んでるぞ」 前につんのめっているおれの肩を掴み、昏が言った。 「わかってる!」 言い返して集中しなおす。不安定だった遮蔽結界と封印結界を安定させた。 「これでよし、っと。昏?」 見上げて気づく。あいつは出口から外を見ていた。同じ方角を見る。そこには蒼白く光る、おれの防御結界が張りめぐらされていた。 「・・・・あれだな」 ぼそりと昏が呟いた。 「え?あれって?」 「あそこの隙間を通じて、敵は攻撃を仕掛けているらしい」 驚きに目を見張った。隙間だって?おれの張ってる結界に、隙間なんてあったのか? 「どこだよ、どこにあんだよっ」 キョロキョロ外を見渡した。だけど、怪しいものは見えない。 「無理だ。余程の術者でないと隙間は見えない。俺は『昏』の力で視ている」 ぼそりと昏が説明した。 「そうか・・・見えないのか」 悔しいと思った。結界に隙間ができることも、それを見ることさえできないということも。 「現時点では仕方がないことだ。お前はパワーにおいては俺に匹敵するかもしれない。しかし、気の調整と扱いはまだ未熟だ。だから結界の密度も低くなり、隙間もできやすくなる。だが今は、それにこだわってはいられない。任務が先だ」 唇を噛むおれに、淡々とあいつは告げた。それは正論。未熟は自分の所為だ。 「そうだよな。まずは敵を倒さなくちゃ」 自分に言い聞かせるように言った。気合を入れる。気持ちを切り換えた。 「外に出ると同時に、狙われることになるだろう」 印を組みながら昏が言った。防御結界。銀色の結界がおれを取り囲む。 「昏?」 「俺が奴の居所を探る。お前は遮蔽結界と封印結界を維持しながら、外側の防御結界を緩めろ」 「そんなことしたら、お前狙い撃ちじゃん!」 思わず言い返した。それって、まさに囮だ。 「そうだ。俺が囮になる。そのほうが相手の気もこっちに向き、見つけやすくなる」 頭の中を視られたみたいに、昏がおれの考えと同じことを言った。 「なら、せめて防御を・・・」 「駄目だ」 短く断じられた。おれはムッとする。「水鏡」は「御影」を防御するのに、いらないと言うのか。 「何でだよ!」 「危険だからだ。昏の力に遮蔽結界、封印結界に防御結界。今のお前には、おそらく限界だろう。これ以上無理をすれば、結界自体が暴走してしまう」 「そんなの、わかんないだろ!」 ムキになって言った。確かにいっぱいいっぱいかもしれない。でも、勝手に決めつけないで欲しい。それに、意味がないじゃんか。「御影」を守れず、自分も守れない「水鏡」なんて。 「おれが守る。おれは、おまえの『水鏡』だ!」 「無茶を言うな」 「無茶じゃないっ!できるっ!」 大きく言い放った。譲らない。おまえを守る。おれは必ず、やり遂げて見せる。 「・・・いつもそうだ」 数瞬の睨み合いの後、ため息混じりに昏が言った。諦めたような、泣き出しそうな顔。 「お前は人のことなど考えず、自分の言いたいことを言う。身体を繋いだ時も、任務を言い渡された時も。・・・・・木から降ろしてやった、あの時も」 甦る記憶。そうだ、あの時だ。クスの枝に引っかかって喚いていた時、おれはおまえに出会った。 「おまえだってそうだろ!」 負けずに言い返した。いつもそうなのはおれだけじゃない。おまえだって、変わらない! 「わかんないことばっか言うな!枝折って落としたくせにっ!」 瞬間。昏が惚けた顔をした。ついで、黒眼が大きく開く。「お前、まさか」と呟いた。 「ごちゃごちゃ言うなっ!張るぞ!」 有無を言わせず結界を張った。防御結界。あいつを取り囲む。 「行けよ」 「碧」 「早く行けーっ!」 思いっきり叫んだ。一瞬の躊躇の後、昏が飛び出してゆく。おれはあいつの言った通り、外側の防御結界を緩めた。 キィ・・・ン。 おさまっていた耳鳴りがまた始まった。あいつが「力」を使っている。 確かに、そう長くは持たないよな。 苦笑しながら思った。あいつに防御結界を使ったあたりから、頭はガンガンきてるし、印を組む手はビリビリと痺れてきている。昏の言うとおり、限界なのだろう。 でも、守られるだけはごめんだ。 奥歯を噛み締めながら耐える。ここでおれが結界を張れなくなっても、昏はなんとかするだろう。でも、それじゃあ同じだ。あの落石の折、何も出来なかったおれと。 ぴしん。ぱしん。 空間を裂くような音が、次々と響き渡ってゆく。 すごいと思った。 昏は走り回っている。やっと見えるか見えないかの速さで。攻撃結界。真横に振り切った右手が、現れた炎を微塵にしていた。 あいつ、わかってるんだ。 それを理解するのに、少しかかってしまった。昏は予測している。敵がどこに攻撃するかを。瞬時にそれを読み取り、術が砦に届く前に粉砕しているのだ。 きれいだ。 純粋にそう思ってしまった。走る姿も。繰り出す腕の動きも。そして、ゆらゆらと揺らめきながら光る、銀色の髪も。 そうだよな、あの時もそう思ったんだ。 紐解かれた記憶が流れてくる。悔しいけど変わらない。昔も今も、おれはあいつをきれいだと感じてしまう。 『奴を捕まえた』 昏からの遠話を感じた。 『今から、潰す』 言葉を同時に攻撃が止んだ。金属音がひどくなる。 「くっ!」 頭痛と手の痺れがひどくなった。がくがくと腕が震えてくる。防御結界の中に異質の気が見える。何かが暴れ回っている。 「・・・・あっ」 ぼんやりと黒い影が見えた。人型に形をなしてゆく。こちらに近づいてきたその時。 「滅!」 昏の声と共に、黒い影が消し飛ぶ。断末魔が響いた。 『終わったのか?』 自分自身に問う。よくわからなかった。 そうだ、あいつに訊こう。 そう思って顔を上げた。昏が呼んでる。ゆっくりとこっちに、近づいてくる。 『やったんだよな!』 本当はそう言いたい。でも何故だか口が開かないし、辺りが白くなってくる。 まずい。 結界が、もう維持できない。 限界、だったかな・・・・。 そう思ったのが最後で、後は何もわからなくなった。 |