今、ここに在ること  by (宰相 連改め)みなひ




ACT35

 ウトウトと微睡むおれの頭に、いきなり遠話が響いた。 
『起きろ』
「うわっ!」
 びっくりして飛び起きる。薄暗闇の中、見慣れた姿が見下ろしていた。
「こっ、昏っ!」
「もっと警戒しろ。味方の砦とはいえ、何があるかわからないんだぞ。まるきり無防備になる奴があるか」
 三白眼で言われる。ちょっとこわい。だけど、少しばかり不本意だ。無防備で爆睡するくらい、今日のおれは頑張ったのだ。
「おれ、さっき寝たとこなんだぞ」
「実戦は演習とは違う。一日二日寝ないで任務にあたることもしばしばだ。眠れただけましだと思え」
 ぼそりと落とした抗議。昏はそれをものともしない。でもこれは正論。任務中にぐっすり眠る方が間違いで、警戒を解くなど以ての外なのだ。
「ちぇーっ。わかったよ」
「ならいい」
 しぶしぶ言うおれに、昏は短く返した。沈黙。ちょっと気まずい。その場の空気を変えたかった。
「でもさ、遮蔽結界、覚えたんだぜ?」
 上目づかいに言ってみる。無防備の言い訳みたいだけど、頑張ったことは認めて欲しい。おれは会得したのだ。「水鏡」に必須の結界術を。
 どきどきと反応を待つおれに、昏は無表情だった。途端に焦れてくる。おれ、がんばったのに、なんもなしかよっ。
「なあっ、なんか言うことないのかよっ」
「何がだ」
「おれ、遮蔽結界できたんだぞっ」
「そうだな」 
 口を尖らせ主張するおれに、あいつは淡々と返した。睨み付けて気づく。ほんの少しだけ、昏の口元が緩んでいることに。
「さすがだな」
 言葉と共に現れる。任務に出てから数度見かけた、とても穏やかな表情。途端に嬉しくなった。
「だろ?ちゃーんと三日以内だったろ?」
「ああ」
 昏が頷く。
「なあなあ、これで『相棒』って認めた?」
 調子づいて訊いてみた。答えを待つ。あいつはなぜか、難しい顔をしていた。
「昏?」
「理解していないようだから言う。一緒に任務に出た時点で、お前は俺の相棒だ」
「それじゃあヤなの。おれはちゃーんと、おまえに認められたいんだ」
「認めている。俺の『水鏡』候補だと言った」
「ええーっ!ただの『候補』じゃんかー」
 どうも会話がすれ違っている気がする。それでも楽しい。お互い言いたいことを主張する。まっすぐ向き合うのが一番だ。
「お前の言っていることはわからない。まだ正式に『対』の誓いをしていない。だから『候補』だ。それとも、俺がお前以外を『水鏡』候補にすると思っているのか」
 苛立ちながら昏が告げた。
「・・・・じゃあ、それって決定ってこと?」
 整理がつかないながらも聞き返す。
「だからそう言っている。同じことを何度も言わせるな」
 憮然と返事。事実を噛み締める。昏が認めた。おれを。
「あ、あのさっ」
「もういい。わかったなら議論は終わりだ。早く支度を整えろ。これから別室で、桧垣殿達と今後の段取りを打ち合わせする」
「えーっ、またすんの?後は力使うだけだろ?」
「お前、まさか何も準備なく、俺が『昏』の力を使うとか思ってないだろうな?」
「ええっ!も、もちろんじゃん」
 実はそう思っていた。後は結界はって、昏が力をババッと使うだけだと。
「砦の人間に影響を来さない為、結界を張ってその中に避難してもらう。銀生の結界だとそこまでしなくてもいいのだが、今回は桧垣殿と何よりお前の結界だ。念には念を入れたい。だから、打ち合わせは必要だ」
 言われて気づく。それって、ひょっとしておれを信用してない?
「違う。これは何かあったときの防御策だ。お前は遮蔽結界を会得したばかりだ。結界の強さもどのくらいの時間『昏』の力を受け止められるかも、やってみないとわからないからな」
 不平を言葉にする前に言われた。読まれてる。それとも、思考を視られたのか。
「とにかく急ごう。皆、会議の間で待っている。『中継物』の術者は『操作』した。敵がその事実に気づかないうちに、できるだけ早く力を使いたい。『昏』の力で術者まで思念を逆送して視る。その上で、術者の意識を潰すつもりだ」
 さらりとあいつが言う。術者まで思念を逆送。よく考えたら、それってものすごいことのような気がする。難しくて、はっきりとはわからないけど。
「いくぞ」
 顎をしゃくる昏の後に続き、おれは通路を駆けた。


「遅いよー。じゃ、始めよっか」
 会議の間では、閃さんと是清、砦の長である春日清正さんとその側近達が集まっていた。 
「概要はくれた遠話でわかった。長と是清ちゃん達に説明しといたよ」
 閃さんが告げる。昏が小さく頷いた。 
「砦の人達の避難場所と各自の配置は?」
「兵達と砦の長を含む上層部は大広間を含む砦の南側に避難する。そのうえ、桧垣殿に防御結界を張って頂くことになっている。貴様とそっちの水鏡は北側の食料貯蔵庫だ。あそこならばネズミもたくさんいるだろうし集めやすい。それに、何より武器庫と離れている。今、兵に食料を運びださせているから、もうすぐ準備が出来る。その他各自の細かい配置場所は、このとおりだ」
 砦の見取り図を広げながら、是清が告げた。昏がそれに見入っている。細かく指示を出し始めた。
「一つ訊きたい」
 側近の一人が言った。見取り図を見ていた昏が顔を上げる。
「外壁配置の兵まで動かすとは、危険ではないのか?それでは外部から敵が攻めてきた時、迎え撃つことができない」
「それは手を打っている。この砦に近づくまでの要所要所に攻撃結界の罠をはった。それに、砦の南側は桧垣殿に防御結界を頼んでいる。北側も俺達が結界を張る」
「爆発のもとだという、ネズミが爆発することはないのか?」
「おおもとの術者からこの砦に至る『中継物』の意識を支配した。だから、爆破指令が来ても砦には届かない」
「見事だな」
 昏と側近以外の声が響いた。落ちついた、深みのある声。砦の長、春日清正だった。
「さすがは『御影』というべきか」
「清正様」
「もういいだろう。我々は彼らに依頼した。そうである以上、彼らの指示に従い、信じて協力してゆくことは必須。わかるな?」
「・・・はっ。失礼しました」
 驚き見上げる側近に、長は穏やかな口調で言った。側近達の顔が、みるみる引き締まっていく。
 すげぇな。
 しげしげと見つめてしまった。おれならギャーギャー喚きそうなのに。これが、トップの威厳っていうやつなのだろうか。
「すまぬな」
 昏の方に向き直りながら、春日清正は言った。
「年寄りは頭が固いのが悪いところだ。許してくれ」
「いえ・・・」
 昏が苦笑して返す。
「しかし、頼もしく思うぞ。私は今のそなたに、会うことが出来て嬉しい」
 目尻に深い皺を刻んで告げる砦の長に、あいつはうっすらと微笑んだ。  
「頼むぞ」
「はい」
 二人の間に流れる空気。過去に何があったのだろうか。何故だろう。少し、おもしろくなかった。
「さあさあ、準備に取り掛かりましょう。兵の避難もあるし。もう時間がないですからね」
 頃合いを見計らってか、閃さんが進言した。長が頷く。
「それでは各自、配置へ」
「はっ」
 凛とした声に押されて、おれたち一同は各々の配置へと急いだ。

  
『準備はできた?』
『オッケー、いつでもいいよ。南側はおれにまかせて。お前はあいつの補佐、がんばんな』
『さんきゅ』
 閃さんとの遠話を切り、おれは昏を振り向いた。
「準備オッケーだってさ」
「わかった」
 あいつがそう返しながら、印を組み始めた。おれも印を組む。
『始めるぞ』
 遠話が響き渡る。皆の脳裏に。それまで感じたことのない、すごい気の高まりを感じた。
『そっちの結界はどうだい?』
『維持している。南側は?』
『だいたい張ったよ。碧ちゃん、遮蔽結界と封印結界は?』
『もうちょっと〜』
『はやくしろ』
 今回の作戦は砦の南側を閃さんが防御し、北側をおれが防御結界で包む。同時に昏とおれ自身を遮蔽結界と封印結界で包み、何重にも囲まれた結界のなかで昏が「力」を使う段取りになっている。
『できたっ!お待たせっ』
 最後の印を組み終えて、おれはあいつを見た。昏がこちらを見ている。真っ黒な瞳で、まっすぐに。
『では、力を解放する』
『うん』
 いよいよ来るのだ。あいつの「力」を受け止める時が。おれがあいつの「水鏡」になるため、必要不可欠な試練が。
「碧」
 昏が呼んだ。
「え?なに?」
 敢えて声に出されたことに驚き、声で返す。作戦の指示なら遠話にするべきだろうに。
「この任務が終わったら、お前をもらっていいだろうか」
「はあ?」
 すっとんきょうな声を出してしまった。昏のやつ、今頃何を言っている。おれはおまえの「水鏡」で、アレだって何回もしているじゃんか。
「あったりまえじゃん!いーに決まってるだろっ!」
 呆れて返した。言った後で更に驚く。昏が、緩やかに笑んでいたから。
「・・・・昏?」
「わかった」 
 微笑みながら変わってゆく。目の前の相棒が。おれの知らない姿へと。すさまじい気に取り囲まれて。
「・・・・くっ」
 感じたことのない重圧に目を瞑った。必死でこじ開ける。見なきゃ。あいつの本当の姿を。
「!」
 声が出ない。出せる余裕もない。でも、こじ開けた目を精一杯開いて見た。
 銀髪蒼眼に変化した、自分の相棒の姿を。